

スリランカ日記



25/11/2001 


ついに、私も…
初めてやってしまった。ナーナワ。今まで、なんとかこれだ
けはせずにやってきのだが…。ナーナワとは水浴びのこと。
スリランカ人はナーナワが大好き。水浴びと言っても、それ
がお風呂。外で井戸や滝があるところで体を洗うのだ。最近、
この教会はお客さんが多いため、すぐタンクの水がそこをつ
いてしまう。今日も水が出ない。なのでスリランカ人と一緒に
井戸に行った。そして体に布を一枚巻いて、頭からザブーッ
と水をかぶるのである。石鹸一つ持って、その布の隙間から
手を入れて体を洗う。いまいち、すっきりした感じがしないが
仕方がない。しかし、彼女たちは、すご〜く気持ちよさそうだ?!


22/11/2001 


80%の出来
今週の日曜日はシスターたちはとても忙しいらしい。私はク
リスチャンではないので詳しくは知らないが、フィーストとい
う日を迎えるのだそうだ。それに向けて、部屋の中は大掃除。
日本で言う大晦日のようなものだ。ペンキだって自分たちで
塗る。私もぼ〜っとする訳にもいかないので、手伝った。ペン
キ塗りなんて楽しそうだ。彼女たちもド素人。どのようにペン
キを塗るのかじっくりと見てみた。すると、そのおおざっぱな
こと!なんとなくその色になっていればいいというカンジ。直
線だってまっすぐかな〜でエイっとひく。ちょっとはみ出した
ら、布でさっと拭く。それだけ。日本だったら、テープを張って
きっちりと仕上げたくなる。しかし、彼女たちは80%の出来
で大満足するのだ。いろんなところにペンキがついているの
もまるでおかまいなし。
「どう?みつ。きれいよね〜」
とうっとりしていた。


21/11/2001 


どこまでやるの?
選挙が間近になり、選挙運動もさらに拍車がかかっている。
政党にはそれぞれシンボルカラーがあるという話は前にもし
たが、同じくシンボルマークもあるのだ。象やベルや椅子であ
る。そのマークもいたるところで見る。驚いたのは、海でその
マークを発見したこと。海の中に政党の看板を立てていたの
だ。誰がそんな芸当をやってのけたのだろう。そして何のた
めに?さらにびっくりしたのは、道路にまでそのマークを書い
てしまっていることだ。はっきり言って、違法だと思う。次はど
こでどんな看板を見るのだろう?


19/11/2001 


ワイン
スリランカの女性は99%お酒を飲まないし、タバコも吸わな
い。生まれてから一度もお酒を飲んだことがない女性がほと
んどである。ひとりだけ例外の女性を知っている。ヌワラエリ
ヤ市役所に勤める私より若い女の子だ。彼女は夕方になる
と、職場ですでにアラック(椰子の酒)くさいと評判だ?
そんななか、意外にもここ教会の女子修道院で、私は毎日の
ようにワインを飲んでいる!シスターが作った、キングココナ
ツで作ったワインだ。ちょっと甘いが、いける味だ。「食前酒で
も飲みましょうか?」なんてやんわりと言われるのだが、今日
はフランスで作られた本物のブドウのワインが出てきた!これ
には驚いた。意外と、シスターはのんべぇなのか?


18/11/2001 


しし座流星群
スリランカでもしし座流星群を見ようと、遠出した。
一緒に住んでいるシスターたちに何しに行くのかとしつこく聞
かれたので、流れ星の説明をした。しかし、彼女たちは、流れ
星自体知らなかった。こんなにもでっかい空の下で生活して
いながら、本当に知らないのである。しっくりこない顔をしてい
たので、夜に外に出て説明した。すると…、ちょうど流れ星の
ように蛍がひゅ〜んと飛んでいる。みんなに、
「それ、蛍のことじゃないの?」
なんて、言われてショック。蛍じゃなくて流れ星だよ…。
shooting star!
結局、スリランカはあまり晴れず、18日午前3時頃、10個ほど
の流れ星を見るにとどまった。帰って、シスターたちに「ちゃん
と夜中起きて星空見た?」と聞いたら、「ふふふ、忘れちゃった
わ♪」。最初ッから見る気なんてなかったのか?


14/11/2001 

エフエフスペシャル
ロウグロウンの紅茶はその大きさや形状によって、多くの種
類に分けられる。一つの工場の中で14種類前後の紅茶を作
るところが普通だ。中国茶のように葉っぱも大きいままのもの
もあれば(OPAなど)、細長いもの(OP1など)もある。茶園
に行ったときは、必ず
「家でも試したいので少しだけ売ってくれませんか?」
と聞く。すると、たいていの茶園ではありがたいことに、サンプ
ルとして無料でくれるのだ♪ しかし、その場合、ほとんどのマ
ネージャーががエフエフスペシャルを選ぶ。これは、FBOPF
special のことで、芯芽を多く含む少し小さくカットされた葉っ
ぱのこと。これが、オークションでいちばん高値をつけるのだ。
今まで行った工場はすべてもれなく、エフエフスペシャル…。マ
ネージャーは、
「これでどうだ!」
と言わんばかりの表情。しかし、違ったものも試したいのだが…。


12/11/2001 


しそふりかけ
先月日本の友達が遊びに来たとき、日本食をたくさん持って
きてくれた。それを、シスターたちと分け合って食べている。
お茶漬けは結構好評。彼女たちは「スープ」と呼んでいる。
こちらの人たちの味付けはとても濃いので、お茶漬けのお
湯もほんのちょっとでいいそうだ。もっとお湯をかけなきゃ
辛いよ、って言っても「このくらいがおいしい」のだそうだ。
ふりかけも好評。特にドライフィッシュを削ったようなふりか
けだと「すごくおいしい」と言う。しかし、どうもしそふりかけは
受けが良くない。おいしいでしょ?と聞くと、
「マタキャマティネヘ。テーコラワゲ(私好きじゃない。紅茶の
葉っぱみたいだもん)」。
だそうだ。言われてみれば似ている。
P.S 4ヶ月以上にわたる停電がやっと解除された。


10/11/2001 


スポンジ
食器を洗うとき、スポンジを使う。スリランカだって、スポンジ
くらい売っている。しかし、この教会では使わない。スポンジ
の変わりにココナツの実の回りについている繊維?を使うの
だ。とても荒い繊維なので、石鹸をつけるとすぐにあわ立つ。
さらに、もう一つその石鹸…、ここでは4分の1にカットしてか
ら使う。ちびりちびりと。きっとお金がないと言うわけではない
のだろうが、贅沢はしないのだ。ほかで代用できるものはそち
らを使う。なんでもかんでも買わないで、少し頭を使ってみよう
とつくづく思う。


09/11/2001 


触発
シスターたちは、自分たちの服も自分たちでつくる。裁縫室が
あるのだ。暇を見つけては、いつもなにか縫い物をしている。そ
れに触発されて、私も裁縫をしてみたくなった。単純だ。彼女た
ちが布を買いに行くと言うので一緒にマータラに着いていった。
そこは、布の種類が豊富で安い!らしい。スリランカの人たちに
とっては、とても魅力的な柄がたくさんあるようなのだが、私には
いまいちピンと来るものがない。そんななかでも2種類の布を選
び買った。さっそく帰って縫い始める。彼女たちがすごいのは、
縫い始めも縫い終わりも玉結びなんかしないことだ。ぶちぶち
と糸を切っておしまい!けっこうお気に入りのスカートになった。


08/11/2001 


死に方
この教会の敷地はとても広く、綺麗な庭がある。花もたくさん
咲いているし、ココナツの木がぐんぐん空に向かって生えて
いる。芝生の手入れも行き届いている。そんな庭を見がなら
シスターが私に言った。
「どうしてみつは庭を散歩しないの?」
これには訳がある。ここにきて初めての日、当然散歩くらい
私だってした。すると、私のすぐ横でドスンと鈍い音がしたの
だ。ココナツの葉っぱが落ちてきたのだ!これが頭にあたれ
ば、間違いなく死ぬ。だから、たくさんはえているココナツの
木の下を散歩するのは、とても勇気がいるのだ。葉っぱだけ
ではない。ココナツの実だって落ちてくる場合もある。そんな
死に方はどうしてもいやだ。
正直に話すと、ゲラゲラ笑われた…。


06/11/2001 


ボディボード
茶園に行った後は、海に行っている。スリランカ人は泳げない
人が多いので、こんなに素晴らしいビーチがあるのに、誰も泳
いでいない。私は日本からわざわざ持ってきたボードを持って
、海に行く。みんなこっちを見る。きにせず、じゃばじゃばと海に
入る。まだシーズンに入るか入る直前か?というタイミングなの
で、波もそれほど高くない。初心者の私にはちょうどいい。
しかしシスターたちは、いまいちよく分かっていないらしい。ずぶ
ぬれになって帰ってくる私を見て、毎日あきれ顔。今日も、
「海に行ってくる」と言うと、
「またみつがお風呂に入りに行ってくる」。
と言って、笑う。いや、お風呂じゃなくって、波に乗るんだけど。


05/11/2001 


音痴
一般的に言って、スリランカ人は驚くほど音痴の人が多い。
想像をはるかにこえる。先日ボランティアの日本人の方が町
に来た。その人は幼稚園の先生たちを集め、日本の歌などを
教えていた。その女性が言うには、
「いやぁ。今日いちばん驚いたのは、先生たちの歌がうまかっ
たこと。まともに聞けました。普通は先生たちが音をつかめな
いので、生徒たちに伝わる頃には違う歌になっています…」。
小さいときから、楽器や音に触れる機会が少ないからだろうか
?ローカルの人が鼻歌を歌っているときだけでも、外人の私に
も音が外れていることが良く分かる。


04/11/2001 


選挙に熱くなる訳
こちらの政党にはそれぞれシンボルとなるカラーがある。P
Aは青、UNPは緑、JVPは赤…などなど。選挙が近づいて
きたスリランカでは町や村のあちこちにいろいろな色の旗が
たてられている。また各色の短冊が無数についた一本のロ
ープが道路の両側を埋め尽くす。特に南部は顕著だ。政党
の集会があるときなどは、旗や短冊だらけになる。とてもカ
ラフルなのだが、その分、危険を感じてしまう。
なぜ、選挙にここまで熱くなるのか?死者が出るほど…。
それは、直接自分の生活に関わってくるからだ。例えば、
自分の支持する政党の議員が当選しなかったら⇒仕事が
なくなる。例えば、就職するとき。議員の推薦状のようなも
のがいる場合が多いのだ。なので、食べていくためにも支
持政党を力の限り応援する。その推薦状システムが続く以
上、選挙は熱くならざるを得ないだろう。


03/11/2001 


受け皿
例え水一杯を飲むときでも、スリランカではグラスの下に受
け皿を使う。ティカップなら分かる。しかし、グラスである。グ
ラスの下に、とってつけたような受け皿を無理やり置くのは、
ヘンではないか?しかし、これは来客に対しての丁寧な気持
ちの現れなのである。
奨学金をもらって、スリランカから日本へ留学したことのある
人が言っていた。彼たちは、初めて日本の家にあがって、正
座をさせられて?受け皿の付いていない緑茶のコップを出さ
れたそうだ。きっとその日本人は、親しみを込めてそのように
したのだろうが、彼たちにはとても屈辱的だったようで、泣き
たくなったそうだ。皿ひとつでもところ変われば意味も変わる。


02/11/2001 


教会
心配性なディッコヤの人たちが私のために探してくれた下
宿先は、教会だった。彼女たちはバリバリのムスリムなの
だが…。
「いちばん安全よね」
と言っていた。初めて一度も下見をしなかった。何しろ遠い
から、下見さえ出来なかったのだ。見ず知らずの外国人を
一ヶ月引き受けてもいいというくらいの人たちだ。親切この
うえない。ここも、お金は要らないという…。私の部屋は教
会の裏の2階。屋根裏部屋といったほうがいいかもしれな
い。隣の部屋との境は一応あるが、私の空間は4畳くらい
だろう。シスターが二人と、ヘルパー二人。これから5人暮
らしの始まりだ.


01/11/2001 


空手とナイフ
ウェリガマという南部の町に引っ越すことにした。ロウグロ
ンカントリーの紅茶の研究をするためだ。しかし、最後の
最後まで下宿先の人たちに反対された。12月5日選挙が
あるのだが、特に南部は毎回激しい暴動があるという。気
性が荒いらしいのだ。そうは言っても、スリランカはここに
限らずどこも安全なところなどそうそうない。
最後にアンマー(お母さん)が私に聞いた。
「カラテ、ダンナワダ?(空手知ってる?)」
「知ってるけど出来ないよ。日本人がみんな空手が出来
るわけじゃないよ」
「ダメ!そんなんじゃダメ!空手知ってるって言いなさい!」
女性がひとりでうろうろするのは危ないから、空手が出来
ると言ってまわれということらしい。
さらに、末っ子の男性(25歳)が私にプレゼントしてくれた
のは、護身用のナイフだった。


31/10/2001 


1面の写真
その新聞(30日の続き)を見て驚いた。もちろん、LTTEの
Suicide Bomber の記事は1面トップ。しかし、問題はその
写真である。そのLTTEの生首の写真を掲載しているのだ。
首から下は吹っ飛んでしまい、目は開いたまま。口もゆが
んだままの状態で口から首にかけてはただれている。その
死体の鑑定をしているのであろうか。3人のアーミーがその
生首を取り囲んでいる。もともと、Daily
Newsは政府系の新
聞。見せしめという意味もあるのだろうが、やりすぎではない
か。しかし、今回に限らずスリランカでは例えば殺人事件が
あった場合、死体をニュース番組の中で撮影したりする。日
本では考えられない。


30/10/2001 


テロ発生
おととい午後2時半。コロンボでテロが発生。LTTEのひと
りが、体中にいっぱい爆弾を抱えて、自爆テロを起こしたら
しい。その人を含め、計5人が死んだらしい。警察官二人と
市民二人だ。今日の深夜には、同じくLTTEがボートに乗
って他のボートに上陸。そのボートごと火をつけたらしい。
どうしても、その詳細が知りたくて、
「新聞買ってくる!」
と言ったら怒られた。新聞代がもったいないと言う…。パパが
町長なので、パパに頼んでオフィスから持って帰ってもらうら
しい。一部15ルピー(約20円)なのだが…。


29/10/2001 


17人
ハットンという町からディッコヤまでは車で約5分。乗合タク
シーが頻繁に走っている。個人所有のワゴン車である。人
数が集まり次第出発する。トヨタのハイエースとかが多い。
今日はなんと、その車に大人17人が乗った!信じられるだ
ろうか?息が苦しい〜。そしてぎゅうぎゅう詰めで発車。しか
し、少し動いてからでないとエンジンがかからないらしく、17
人が乗ったワゴン車を外から二人の大人がまず押す。押し
て押して少し前に進んだらエンジンがブルンブルンとかか
る。さらに、ディッコヤまではなだらかなくだりの坂道が続く。
運転手は当然のように途中でにエンジンを切り、17人の重
みでそろりそろりと前に進む。ガソリン代の節約だ。対向車
が来てどうしてもブレーキをかけなければいけないときは、
「チッ」と舌打ちをする。はぁ〜疲れる。


28/10/2001 


お風呂って?
お風呂ってどうしてるの?という素朴な質問をいただいた。
スリランカ人はナーナワといって外で水浴びすることが大好
きだ。それがお風呂代わり。女性は布一枚を体にまきつけて
そのうえからジャバジャバみずをかける。私は今のところ、外
ではなく家の中でお風呂に入る。ここディッコヤあたりは、か
なり気候もよくけっこう涼しい。しかし、お湯が出ないため水浴
びはかなりの覚悟がいる。そこで、カミラは私のためにお湯を
沸かしてくれる。大きな鍋一杯にお湯をぐらぐら沸かし、あとで
水と混ぜながら使うのだ。ガスもあるのに、カミラはなぜか薪を
使う。ガス代がもったいないらしい。早朝からお湯を沸かしてい
ると、煙がもくもくとたち、キャンプをしているような錯覚に陥る。


27/10/2001 


大工
久しぶりにヌワラエリヤでお世話になった下宿先に行った。
朝いちばんで電話して、
「今日昼過ぎに行ってもいい?」
つまり昼ご飯食べさせてね、という意味なのだが、もちろん
OK!の返事。そこの父親が経営している雑貨屋に到着す
ると、待ってましたとばかりの大歓迎!さっそくランチをいた
だいた。土間の上でまるでままごとをしているかのように、
みんなで肩を寄せ合って食べた。
一息つくと、「みつ。今日は少し時間あるの?」と聞くから、
あるある!と答えた。すると、きらりと目の奥が光った…よ
うな気がした。ちょっと手伝ってくれる?と言うから何かと思
ったら…。大工の仕事である!彼女たちは今その雑貨屋の
後ろに新しく家を建てていて、その手伝いをして欲しいらしい
のだ。お安い御用ではあるが、久しぶりに金槌持ったし、な
んで私がくぎ抜きとかやってるんだろう?と思いながら、手
伝った。すべてはランチの代償か?


24/10/2001 


月明かり
東京では毎日働いてばっかりいて、夜空を見上げる余裕
もなかった。しかし、スリランカではよ〜く空を見る。停電
タイムなんて、本当に月明かりだけになってしまうのだか
ら。月だって頑張っている。バカにしちゃいけない。意外に
もすごく明るいのだ。確かに外は暗いが、空は少し明るい。
満月が近いからなおさらだ。


23/10/2001 


散髪
こちらに来てすでに8ヶ月以上が経った。肩にまで届いて
いなかった髪が、もうだいぶ長くなってしまった。前髪だけ
はちょこちょこと自分で切ってはいたものの、やはりうっと
うしい。かといって、スリランカの「サロン」に行くにはとて
も勇気がいる。何ていったって、サロンの看板がすごい!
こんな風になっちゃうの?と泣きたくなってしまうような看
板だ。それを見ると、やっぱり引き返してしまう。だいたい、
女の人は髪を切らない人が多いし、ましてやシャギーな
どという技を知っているはずもない。私の髪は、くせっ毛で
しかも量が多い。日本人の微妙なニュアンスが分かってく
れるのは、やはり日本人!…ということで、今井さんに散
髪を頼んだ。もちろん、美容師ではない。彼女は実家の静
岡に帰ると、両親の散髪をするらしいのだ。
彼女に切ってもらった♪キッチンで。
「あ〜右が長い」。
「あ〜今度は左が長い」。
とか言いながら。今はすっきり!とっても気に入っている。


18/10/2001 


カミラの一言
カミラはムスリム社会では異端児。女性の社会参加がき
びしく制限されているにもかかわらず、自分で保育園を経
営しているからだ。さらに、ムスリム人の特徴でもあるあの
布(頭からすっぽりとかぶる)を使わない。理由を聞くと、
「あれをかぶると、人は私をムスリム人だとだけしか見ない。
私はカミラだから」。
ジーンズだってはくし、おしゃれだってする。そんな彼女を
見て、他の女性はねたむからか、ヘンなゴシップも数多い
と言う。しかし、彼女は全く気にしない。彼女の意見は、自
由の国・日本から来た私にとってはとてもまともだ。しかし、
この社会では浮いてしまう…。
そんなカミラがいった一言が忘れられない。
「自由をくれた父にいちばん感謝しているわ」。


16/10/2001 


ショックな場面(きのうの続き)
スリランカに限らずどこの国でも、水道水は沸かしてから
飲むのが基本だ。私も当然そのようにしていた。しかし、
今日ショックな場面を見てしまった…。
食事のとき、カミラが私のために飲み水を用意してくれて
いた。何気なくたまたま見ていたら、沸かしたお湯を水道
水を混ぜていたのである!そりゃダメだって!多分彼女
は、沸かしたてのお湯はミツには熱すぎるだろうと思った
のだろう。その優しさゆえに水道水を混ぜていると思う。
さすがに、その水は飲めなかったが、それを見てからな
んだかお腹が痛くなってきた。気のせいか?


15/10/2001 


雨が降ると?
ディッコヤに着てから、毎日曇り。雨もよく降る。これだけ
降れば、もう水不足も解消でしょう?と思えるほどだ。しか
し、停電は相変わらず…。
しかし、雨が降ったら降ったで、また新たな問題が発生!
水が茶色いのだ。水道の蛇口をひねると、泥をたっぷり含
んだ茶色い水が出てくる。百歩譲ってもこれは茶色だ。も
ちろん、飲み水。それを沸かして飲むのである。カミラはこ
の水を平気でごくごく飲む。たくましい!私には絶対真似で
きない。本当に体が心配になってきたぞ。


14/10/2001 


ニンジン政策
公務員の給料が全員毎月1500ルピーあがるらしい。セ
メントの値段も下がる。ガスの値段も下がるそうだ。多分
近いうちにパワーカットもなくなる…。
スリランカもやるではないか!と思ってはいけない。これ
もすべて、選挙のため。選挙が終われば、前よりひどい
状況が待ち構えていることは間違いない。チャンドリカの
母親も、昔同じように選挙前にはニンジンをぶら下げた。
パン一斤を3ルピーにすることを約束したのだ。しかし、1
年後にはなんと12ルピーになったそうだ。みんなで文句
をいうと彼女は平然と、
「1年間と言う約束です」。
誰もそんな話聞いたことがないと言う。笑うくらい分かり
やすい政策なのだ。


13/10/2001 


2時間半
聞いてほしい!今日ディッコヤの郵便局に行ったのだが、
日本に小包を4つ送る手続きだけで2時間半かかった。信
じられるであろうか?まず、朝9時に郵便局に着く。すでに
パッキングをしていったのだが、その包み方ではたしてよ
いものか?誰にも分からない。郵便局の所長を呼ぶから
待てと言う。彼がくるまで約1時間。そのあいだは、職員し
か入れないところで紅茶を出してくれたり、あめをくれたり…
それはすごい接待だ。来た後は、計量。こちらでは250g
〜500g、500g〜1kgという重さで約2倍の値段になる。
私の小包は550gだった。そしたら、所長は
「中の紅茶の葉っぱを取り出したら安くなるよ」とか言い出
す(笑)。そりゃそうだ。この段階でもう1時間半は経過。こ
れだけ仕事は遅いくせに、このへんだけはしっかりとしてい
る。しかし、私だって負けてはいない。そのはかりを見てみ
ると何も乗せていない状態ですでに50gを示していたのだ!
これで一件落着。…したかと思った私が甘かった。普通ス
リランカから海外に郵便物を送るときはブルーのシールを
貼るのだが、そのシールがないと騒ぎ始めた。そのシール
を見つけるのにさらに30分。だいたい、私はそんなことを待
つ必要はないのである。そのシールはあとで探してくれれば
いいのだ。私がいたところでなんの役に立つと言うのか?そ
してなぜか「この荷物は全部紅茶であることをここに証明し
ます」なんていう書類まで書かされて?帰ろうとしたら、まだ
ダメだと言う。今度は何?と思っていると、裏の所長の家で
紅茶を飲まなければいけないらしい。そこではビスケットや
バナナまでいただいた。
確かに親切なのだ。とっても。しかし…。
これが、スリランカンタイムだ!


12/10/2001 


窮屈さ
ここは、二人の息子と七人の娘がいる。私は8番目の娘
として、どうも任命?されたようだ。しかし、家族全員、私
のことが心配でたまらないようだ。例えば、夜。道路の反
対側の母屋に行くのにも、一人ではダメだと言う。歩いて
20秒の距離だ。私が自分で運転して茶園に行くのも好ま
しく思っていない様子。先日、ランチタイムに帰るといって
外出したが、茶園で話し込んでしまい午後4時くらいに帰
ったことがある。そのときのママの心配ぶりはすごかった。
茶園にまで電話をしていたそうだ…。実の親にだって、そ
んなに心配されたことはない。極めつけは、今日の出来
事。
スリランカの内閣が総辞職した。チャンドリカの側近も野
党に寝返ったのだ。それをうけて、12月5日に選挙が行わ
れることが発表になった。これが私の紅茶生活に影響を及
ぼすことになったのだ。つまり、私は来月ゴール付近の街
に住み、ロウグロウンエリアの紅茶を研究しようと思ってい
た。しかし、選挙前、特にゴール付近は非常に危険だと言う。
パパが町長なので、その辺は詳しい。私はパパに呼び出され、
「ゴールは危ないから、行っちゃダメだ!ここにいなさい」。
と言われてしまった。8番目の娘になって、たったの1週間。
しかし、ムスリムの女性の窮屈さが少しだけ分かったような
気がする。


11/10/2001 


私の車を洗う人
84年産日産サニーだって、意外なほど頑張っている。エ
アコンも効かなくなり、カセットテープを聴く時だってだっ
て、時々伸びたような音がするがそれでも軽快に山を走
っている。最近は雨が多いので、まめに掃除をしないとす
ぐ汚れてしまう。車の色は白だが、それでも気になる。車
を洗おうと思い、
「バケツどこにある?」
と聞くと、なんで?」と言われた。車を洗おうと思って、とい
うと
「とんでもない!」
と真剣な顔で怒られた。この家には召使がいるので、彼に
洗わせると言う。それこそ、とんでもない!自分の車だから
自分で洗うよと何度言ってもダメである。私はもうすでに家
族の一員だから、そんなことはさせられないのだそうだ。し
かし、理由はそれだけではないようだ。
こんな小さな街では、私が町長の家に住んでいることくらい
誰でも知っている。召使までいるのに、私が車を洗っている
姿なんか見られたら、陰で何を言われるか分からないのだ
そうだ。それでも、私はなんだかしっくりこない…。


10/10/2001 


誕生日プレゼント
こちらにいる日本のお友達の誕生日だ。もう2年もこちら
に住んでいるので、今さらスリランカで欲しいものはあま
りないかもしれないが、プレゼントを探しに街に出た。しか
し、悩む。これと言って、ピンと来るものを売っていない。
マニキュアならあってもいいだろうと、あちこち探した。し
かし、どの店に入ってもあるのはどぎつい色ばかり。とて
も日本人が好むような色ではない。やっと素敵な色を見
つけた。しかし、どうひいき目に見てもすでに使ったと思
われるあとが…。または、こちらではあまりにも売れない
色なのか、マニキュアのビンの底にはなにやらヘンな色
の沈殿物がたまっている。
「これ何?」
と聞くと、ショップの人総出で、そのマニキュアのビンを振
ったり、軽く叩いたり…。しかし、その沈殿物が溶けるよう
な気配は全くない。彼もあきらめたような表情。しかし、そ
のあとの彼の言葉が笑える。
「これは、ビンの色だ!」


09/10/2001 


アルデンテ
スリランカにも、インスタント麺(マギー)がある。水少々
と乾麺を鍋に入れ煮る。そして、スープの素をいれて、水
がなくなるまで煮詰めてできあがり。ラーメンのようなス
ープタイプではないが、毎日カレーと付き合う私としては、
たまには食べたくなる味である。
しかし、きっとスリランカにはアルデンテという感覚がない
のではないかと思う。今までどこの家でも、出されたマギ
ーの麺はのびきっている。だいたい、ぐつぐつ煮過ぎるの
だ。カレーは自信がないが、マギーは私に作らせたほうが
絶対にうまい!


08/10/2001 


ムスリム人
初めてのムスリム人の家庭である。時期が時期だけに
最初はちょっと緊張したが、なんとも素敵な一家だ。人
間的にも尊敬できる。ムスリム人は排他的で他の宗教
をいっさい認めない、という一般的なイメージをくつがえ
した。しかし、やはり女性の自由は限られている。女性
の社会参加を好まないため、学校を卒業後、いわゆる
家事手伝いをしている人が多い。そんななかでもカミラ
は特別だ。
彼女は小さいときから肌が黒いと言われつづけ、そのこ
とをずっと悩んでいた。一時は自殺しようとまでしたそう
だ。しかし、今はカミラは、幼い時期につまらないことで
傷つかないように、自分で保育園を開き、ひとりで切り
盛りしている。
最初は4人から始まったが、今は78人もの生徒がいる。
宗教も言葉も民族も違う子どもたちを同じ教室で学ば
せる。シンハラ語、タミール語、英語を使って話す。ム
スリム人の女性としては異例とも言える。今日初めて
彼女の先生姿を見たが、楽しそうに授業をしていた。
感動した!


07/10/2001 


おしゃれ
ホームステイ先のカミラ(女性36歳)のだんなの実家に
遊びに行った。バスで1時間半かけて。なぜ、私まで行く
のか自分でも不思議だが、まあ今日は日曜日だし、面白
そうだったので二つ返事で行くことにした。
しかし、きのうから着ていく服を決めるのに苦労した。カミ
ラは衣装もちである。サリーだってパンジャミだってショッ
プを開けそうなくらい持っている。私はなんだっていいのだ
が、
「ミツには、これを着て欲しい」とか
「やっぱりこの色で二人で合わせよう」とか…もう大変だ。
私は着せ替え人形状態であった。これでは行く前に疲れる。
しかし、どこの国でも女性は同じ。おしゃれに気を使う。今日
は女性3人でおそろいの指輪を買った。店の人は「シルバー
だ」と言ったけど、絶対ウソ!ひとつ10ルピー(約14円)だっ
たもん。


06/20/2001 

日本より高いもの
スリランカの物価は安い!例えば、大き目の袋にいっぱ
いになるほど野菜をたくさん買っても、100円もしない。も
ちろん物にもよるが、大体日本の5分の1〜20分の1と言
ったところだろうか?
しかし、日本より高いものがある!トイレットペーパーだ。
スリランカの人は普通トイレットペーパーを使わない。左
手を使い水で洗うからだ。なので、トイレットペーパは外
国人用ということになる。コロンボやキャンディ、ヌワラエ
リヤなどでは1ロール32ルピー(約45円)くらいだ。しか
し、ここディッコヤではなんと42.5ルピーもした。約60円
である。1ロールだ。1ロール。高すぎである。日本なら12
ロールで198円の時だってある。しかしこれがないと困る…。


05/10/2001 


ディッコヤ
ディッコヤという場所に引っ越した。ここはディンブラ地
区に入る。このあたりは、茶園しかない。ディッコヤの町
もとても小さく、1分も歩けばメインロードが終わってしま
う。そんななか、やっと見つけたホームステイ先である。
ディッコヤと隣町のハットンの町長の娘さんのうちだ。彼
女は町長さんはムスリム人なので、子だくさん。二人の息
子と七人の娘がいる。
今日来たのだが、その歓迎振りはものすごい!こちらの
ほうがびっくりするくらいだ。町長さんが大の日本びいき。
私のほうが恐縮してしまうくらい日本と日本人を尊敬して
いる。「一人でスリランカにきたミツを助けたい。家賃も何
もいらない」とまで言ってくれるのだ。住み心地も申し分な
い。これから1ヶ月が楽しみだ♪


04/10/2001 


鉢売り
午前8時ごろ、うちの前を魚売りと鉢売りが必ず通る。
鉢なんて、いつも必要なものではないし、はっきり言っ
て、毎日ここを通る必要もない。しかし、彼は「鉢〜。鉢
〜。鉢〜〜〜」と気が狂ったように叫びながら毎朝過ぎ
ていく。今日、たまたまうちの大家さんが花を植えるため
に鉢を買おうと思ったらしく、
「待って〜」。
と言ったのに、彼は気づかずに行ってしまった。大家いわ
く、
「彼の悪い癖は自分の声が大きすぎて、何も聞こえないこ
となのよ」。
笑ってしまった。


03/10/2001 


渋滞のとき
友達を空港まで送った。私が運転をしていた。途中、か
なりの交通渋滞。こういう場合は、たいてい事故。また
は、いないほうがましなポリスが交通整理をしていると
きだ。それにしても、かなりの渋滞。片側2車線の道路
だが、なかなか前に進まない。すると一台の車が、反
対車線にす〜っと出て、そのまます〜っと前に進む。
それは、まずいでしょ。っと思っていたら、その車に続
けとばかりにどんどん車が反対車線に出て行く。あっ
というまに、3列になりまた渋滞。今度は、反対車線の
さらに右まで車が出て行く。あっという間に、4列になる。
これでは、反対車線の車が通れないではないか。一事
が万事、この調子。結局3台のトラックが事故を起こし
ていた。
帰りもまた渋滞。今度も事故かと思いきや、バスがエ
ンジントラブルでストップした様子。大勢でそのバスを
押していた。


02/10/2001 


シーギリヤ
シーギリヤに行って来た。私はお茶の産地かコロンボ
付近によくいるので、それ以外のスリランカの名所には
ほとんど行ったことがなかった。大学時代の友人がこち
らに遊びに来たので、初めて北部のシーギリヤに行った
のだ。
ここは世界遺産にも登録されている有名な場所。平地の
ジャングルの中に突如巨大な岩が現れる。昔、王である
父を殺した長男が、腹違いの弟の復讐を恐れて、この岩
の上に城を作らせたのだ。岩肌に張り付くように作られた
階段を一歩ずつ上ってようやくそのてっぺんにたどり着く。
360度、どちらを向いてもパノラマの絶景である。うっそ
うとしたジャングルが足元から広がり、見えなくなるほど
遠くまで続いている。聞こえてくるのは風の音だけ。その
風も、立っていられないほどの突風である。ここでその王
子は何を考え、この孤独に耐えていたのだろうか?
シーギリヤは、とても不思議な力を持っている。ここから
ぼんやり景色を眺めているだけで、小さいことはどうでも
よくなる。人生一度きり、どーんと行ってみよう!そう思っ
た。


24/09/2001 


予想外
現在は8時間停電中。ぶっつづけで8時間パワーカット
になるわけではなく、夜に4時間、早朝から4時間といっ
たように、大きく2パターンに分けられている。ここ4日間
ほど、コロンボは雨が降っている。いい傾向だ。しかし、
どうせ雨ならダムのある山間部でないと、意味がない…。
今日はおまけに、風も強い。4時間の停電のあと、せっか
く電機が戻ってきたのに、今度は風のために停電になっ
た。私の予想をはるかに上回るスリランカ事情である。


23/09/2001 


後ろ注意報
スリランカ人ほど、後ろを気にしない人たちはいないの
ではないだろうか?例えばバス。バスから降りるときは、
後ろからバイクや自転車がくると危ないから、私は必ず
後ろを見てから降りる。当たり前だ。しかし、スリランカ人
をよ〜くみてみると、8割以上が後ろを気にせずすっと降
りる。もちろん、ひやりとする場面は何度も見た。それで
もあまり気にしないのである。不思議。
また、日本人が雇っているドライバー。彼はスリランカ人。
一日中コロンボを走り回って、夕方になって初めてサイド
ミラーが閉じていることに気づいたそうだ…。バックミラー
は、自分の顔を見るためにあるらしい。だから、ああいう運
転になるのだろう。納得だ!


22/09/2001 


結局、何種類?
紅茶の仕上がりは、そのサイズ、芯芽の有無、葉っぱ
のよじれ方などで、グレードが分けられる。その数、28
種類。いや、もっとあると思う。何がすごいって、誰に聞
いてもその総数が分からないところがすごい。50種類以
上だと言う人もいるし。。。私が、オークションでチェック
した限りでは28種類だった。はっきりいって、微妙な違
いである。一見同じグレードのように見える茶葉だらけ
だが、全部グレードが違うなんていうことはざらだ。最
近、だいぶ見分けがつくようになったがまだまだ完璧で
はない。やっかいなのは…例えばP(ペコー)。これは、
ロウグロウンのTEAとそれ以外の地域のTEAでは、全
く形状が異なる。しかし、どちらもPなのだ!


19/09/2001 


許可証
昨日、オークションに行ってきた。私は外国人なので、
許可証がいる。もちろん、あらかじめ申請しておいたの
だが、実際に行ってみると、
「いやぁ。今誰もいないんだよね」。
いやいや、あなたがいるじゃない。私の名前とパスポー
トナンバーと日付をカードに書き込むだけである。それ
さえ、面倒らしい。
「問題ないから、さあさあ、中に入って」。
今日、また同じ会場に行った。期待はしていなかったが、
やっぱり作ってくれていなかった。本当に仕事をする気
がないようだ。


17/09/2001 


大使館
世界ではどのように紅茶が飲まれているのかを調べて
いる。ここには、日本のように世界各国の観光局は皆無
だ。数えられるほどの大使館しかない。電話でアポを取
ろうとしたが、戦争が始まるかもしれないというこの時季
に、誰も相手にしてくれない。当然だ。電話では埒があか
ないので、お得意のアポなしで大使館に行ってみた。まず、
リビア大使館…一人がインドに出張。それ以外の人はい
つ来るか分からない。なんじゃそりゃ?イラク大使館…中
に入れないが、門番のおじさんにインタビュー成功。ミャン
マー大使館…若い外交官が出てきて丁寧な対応。大成功!
タイ大使館…いつのまにか引っ越していた。
という具合だ。アポなしのほうが、けっこう威力を発揮する。


15/09/2001 


ハーフサイズ
毎晩「ハーフサイズね」と言いつづけてはや1ヵ月半。
それなのにどうしていつも、ご飯の量が多いのだろう?
彼女は英語がペラペラなので、ハーフサイズの意味が
分からないはずはない。いっぱいは食べれないと言っ
て、私が残してしまうのを何回も見ているではないか。
また、食べる前に、
「多すぎるから、少しお皿に移すよ」
と言うではないか。なのに、いっこうにご飯の量が減ら
ない。それがもてなしなのだろうが。こちらでは、残す
ことは悪いことではない。全部食べると足りないのでは
ないかとやけに心配する。いつもお腹ははちきれそうだ。
P.S いよいよ今日から停電が1日8時間に。泣きたい
気分だ。いや、もう泣く。このまま雨が降らないと、
そのうち12時間になり、15時間になるに違いな
い。その前に、水が出なくなってしまうだろう。この
パソコンだって、充電は1時間半しかもたない。い
や、最近は酷使しているので、日を追うごとに充電
が持たなくなってきている。気のせいではない…。


14/09/2001 


虫除けスプレー
部屋には必ず何匹か蚊がいる。夜はその蚊を吹き飛
ばすためだけにファンを回しっぱなしだ。それでも蚊は、
私の腕や足に食らいついてくる。蚊のことを気にすると
眠れなくなってしまうので、虫除けスプレーをかけて寝
る。これじゃ、毎日キャンプのようなものだ。さらに、シ
ャワーのすぐあとに虫除けスプレーだ。体に悪そうであ
る。しかし、蚊が媒介となって、もっと体に悪い病気を運
んでくるので、ガマン、ガマン。


13/09/2001 

ブロマイド
ここ最近は、ティブローカーによく行っている。そこで
は、毎日百数十種類のテイスティングを行う。そのテ
イスティングを準備するために5人の人が働いている。
以前、こちらに来たばかりのとき、彼たちの写真を撮
ったことがある。それを焼き増しして送っておいた。彼
たちはとても喜んでいた。久しぶりにその写真を見て
驚いた。彼たちはその写真をラミネートコーティングし
て、まるでアイドルのプロマイドのようにして持ち歩い
ていたのだ。それほど嬉しいのだ。


11/09/2001 


テロのニュース
アメリカで起こったテロのニュースはこちらにもすぐに
伝わってきた。しかし、その直後からこちらは3時間の
停電である。どうしてもそのニュースが見たかった。そ
こで、ふと思い出した。上のインド人のおじさんを(9月
6日の日記参照)。さっそっ声をかけてみる。
「おじさん。今テレビ見てる?」
「見てないよ。どうして?」
「アメリカがテロで大変らしいんだけど」。
「すぐおいで」。
みんなで2階にお邪魔した。自家発電のコードをテレ
ビにつなぎ、緊張の一瞬。
…
見れない…。テレビが大きい(27型)からバッテリーが
足りないらしい。肝心なときなのだが、ご自慢の自家発
電、これでは全く意味がない。私たちよりもおじさんの
ほうががっくりしていた。
それにしても、世界中を震撼させる最悪のニュースだ。
被害者の方のご冥福を祈る。


10/09/2001 


間違い電話
間違い電話が多すぎる。日本の比ではない。どうも、
私だけではないようだ。こちら在住の日本人に聞いて
みると、やはり同じように間違い電話が多いらしい。電
話がかかる。受話器を取る。シンハラ語で何か言われ
る。
「どこにかけていますか?番号が違いますよ」と言うと、
「おまえ、誰だ!」
それは、こっちのセリフだ。頭に来るのは、謝りもせず
にブチッと切ること。この7ヶ月間、一度ももれなくすべ
てこのパターンである。いくら「ありがとう」も「ごめんな
さい」も言わない国民性だからと言って、気分がいいも
のではない。
P.S 夜の停電は毎日3時間に延長。


09/09/2001 

いちばんすごい乗合タクシー
来月の下宿先予定ディッコヤへ挨拶に行って来た。
青年海外協力隊の方のご紹介で、ハットン&ディッ
コヤの町長さんのおうちに1ヶ月お世話になるのだ。
コロンボからハットンまでは快適な直行バス。ハット
ンからディッコヤまでは乗合タクシー?その乗合タク
シーはいちばんすごかった!そのおんぼろさが…。
乗合タクシーとは言うものの、それはラルゴとかハイ
エースといったワゴンカーである。まず外観。色は剥
げ落ち、あちこちぶつけてぼこぼこである。ドアは閉
まらない。変形してしまい、もう永久にかみ合わない
というほうが正しい。走っているときに、絶対このドア
取れるぅぅ、と思った。中に入り、見上げると、天井が
銅色である。もとの色などわからない。鉄が剥き出し
になっているという感じ。窓は「もう、これ以上触らな
いで!」といっている気がする。窓を開ける取っ手も
あるわけなく、きっと前はそこにあったのだろうと思わ
れる場所から鉄がぴゅっと飛び出ているだけ。窓がな
いところはビニールを張っている。雨はなんとか防げ
る。人がどやどや乗ってきて人数が集まり次第出発。
出発するときも人が後ろから押す。押して押して動き
出したらその勢いでブルンブルンとエンジンがかかり
だす。走り出すと、ドアが開いたり閉まりそうになった
りばたばた動いている。緊張のあまり、背筋がピンと
のびる。


08/09/2001 

9月1日の日記の続編/水道代
彼女の家に、今度は水道代の請求が2か月分届いた。
一つは50ルピー(70円)/1ヶ月。これは標準である。
水道代は安いのだ。しかし、もう一つは5000ルピー(
7000円)/1ヶ月! なに?この差?単純に計算しても
この5000ルピーは8年分である。工場じゃないんだか
ら…。水道局もおかしいとは思わないのかしら?これも
同様の手口と睨んで、捜査中。


06/09/2001 


自家発電
2階にはインド人のおじさんが住んでいる。そのおじ
さんが、私にどうしても見せたいものがあるというの
で、上に上がった。停電中の夜に、その部屋だけこ
うこうと明かりがついている。おまけにファンまで回
っている。毎日2時間半の夜の停電に嫌気がさし、
自動車のバッテリーを使って、自家発電をやってみ
たらしい。「どうだ!」と言わんばかりの表情。「すご
いですね」と言うと、満足そうな表情をうかべた。結
局、そのおじさんは一人暮らしなので、話し相手が
欲しかったようだ。そのおじさんが大学時代に付き
合っていた女性が日本人だったということは、もう8
回聞いた。


03/09/2001 


ふりかけ
日本の友人がふりかけを送ってくれた。しそ味だ。こ
れで食卓に潤いが出てくる。毎日夕食(といってもこ
ちらの夕食は8時半くらいなのだが)を下宿先に用意
してもらっている。そのときにカレーを押しのけるよう
にして、ふりかけをどばーっとかけたい!なんならふ
りかけとご飯だけでもいいくらいだ。しかし、そうしてし
まうと、「あなたのご飯はおいしくない」と暗に言ってい
るようにとられてしまうのではないかと気になり、ずっと
ふりかけを使えずにいた。結構これでも気を使ってしま
うのである。このあいだ、私一人だけが食卓にいるとき
があり、思う存分しそ風味を楽しんだ。なぜだかこそこ
そしている私は、やっぱりけっこう小心者である。


02/09/2001 


ガソリンスタンド
コロンボにいるときは、私の愛車84年産サニーはほ
とんど出番がない。危険なのは言うまでもなく、私の
運転もお世辞にもうまいとはいえないからだ。だいた
い、この国で運転しているとあまりのマナーの悪さで、
ストレスがたまってしまう。
とはいっても、車も動かさないと調子が悪くなってし
まうので、週末の交通量が少ないときにたまに走っ
たりしている。この間、コロンボではじめてガソリン
スタンドに入った。ガソリン代はこちらでも結構高く、
50ルピー(70円)/リッターである。おじさんがしき
りに私に何かを言っている。なになに?いや、ディー
ゼルじゃなくてペテロルだよ。と言うと、
「ペテロルは今ちょうどないんだよ。お・し・ま・い!
ディーゼルしかないんだよ」
ガソリンのないガソリン屋なんて聞いたことがない。
ディーゼルがあったって、仕方ないよ。


01/09/2001 


電気代
スリランカに住んでいる日本人女性の話。彼女は毎
月約7000ルピーほどの電気代の請求書がきてい
たらしい。これは1万円をこえるほどの金額だ。これ
だけでもめちゃくちゃ高い。彼女は不審に思いつつ、
その請求書をみていた。
先月、彼女は仕事で日本に一時帰国。2週間ほど家
を留守にした。それなのに、その月の電気代は何と1
万1000ルピー。1万6000円だ!これはおかしい。ど
う考えてもおかしい。そこで彼女は、自宅の電気をす
べて切って、メーターをのぞいてみた。回っている…。
電気を使っていないのにメーターが回っているのだ!
電気会社を呼んでさっそくチェックをすると…、なんと
彼女のメーターは別の家にも接続されていた。つまり
彼女はその家の分の電気代まで請求されていたので
ある。おまけに、その別の家には、大家の息子が住ん
でいるそうだ。
あきれて物が言えない。私にはそんなことがありうると
いう想像すら出来ない。恐るべし。スリランカ人!


30/08/2001 


人種
先日の健康診断の結果が出た。健康診断といって
も血液と尿の検査だけだ。血液のほうで何項目か
引っかかってしまった。理想の値よりもほんのちょ
っと低いとか高いといった程度だが。もちろん私に
は意味がさっぱり分からないので、女医に聞いて
みた。すると…
「あなたは人種が違うでしょ?(つまり私は黄色人
種) だからこれくらいの誤差は出るかもしれない
わ。体調が悪いのなら再検査するけど、そうでなけ
れば気にしないで」
らしい…。確かに人種が違えば値も違うのだろう。
医者が言うのだからそうなのだろう。しかし、なん
かすっきりしない。


29/08/2001 


比べてみると
もうかれこれ2ヶ月続いている夜の停電。1時間半。
本当に無駄な時間だ。その停電、なんと明日からは
2時間半に延長されるらしい。おまけにあさっては一
日完全断水…。どうなってるんだ?この国は!元凶
は水不足。雨が足りないのだ。水力発電に頼ってい
るこの国では雨が降らなければ電気もなくなる。南
部のハンバントータという地域では干ばつが続き、
飲む水も不足している。救援物資を送ろうという動
きがあるようだ。そこに比べればまだここはいい。
水だって出ているのだから。
そういえば、仕事でこの国に派遣されている日本人
と話したときに、「スリランカと聞いてびっくりしました
か?」という質問には「アフリカの砂漠よりはいいで
すから」という答えが返ってきた。どうも、比較論が
好きになるらしい。他と比べてまだここはいいと言え
るくらいの余裕を持たねば!日本と比べちゃあいけ
ません。


28/08/2001 


恩返しの代償
かねてからお世話になっていたティブローカーに勤
めるスリランカ人が日本語の勉強をはじめたという。
こちらはかなりお世話になっているので、できるだ
け協力すると話をしておいた。するとさっそく、日本
の特徴をカンタンにまとめたレポートが欲しいと言
う。できるだけわかりやすく、日本語で書いて、彼
がくれたフロッピーに保存した。
…どうも、それがいけなかったらしい。私のパソコ
ンがウイルスにやられてしまった。感染元はフロ
ッピー。ふだんはフロッピーを使わないので、彼
のくれたそのフロッピーに間違いない!幸いにも
悪質なものではないらしいが、未だに駆除できな
い。大変だ…。


27/08/2001 


スキンシップ
欧米人をはじめ、日本人も他人と触れることを嫌う。
ちょっと肩が触っただけでも「すみません」と言ってし
まうのがその現れだ。しかし、スリランカ人は違う。例
えば、バスの中。混んでいて立っているとき、私は手
すりや椅子につかまっている。しかし、スリランカ人は
わざわざその私の手の上から同じ手すりをつかまえた
りするのだ。最初は自意識過剰で、「この人、私に気が
あるのかしら?」と思ったこともあったが、何のことはな
い。人と触れることを何とも思っていないのだ。
驚くのは、男性同士でも外で手をつないでいること。最
初は、その…いわゆる…ゲイかと思った。私はゲイの
人を特別に思ったりはしない。友達の友達がゲイなの
だが、彼は「彼を人としてすごく尊敬しているし好きな
んだ」と言ったとき、妙に納得したことがある。しかし、
スリランカではちょっと違うようだ。仲がよければ、男
同士でも女同士でも手をつなぐ。不思議だ。


26/08/2001 


犬のエサ
くだらない話で申し訳ないのだが、昨日は犬になった
夢を見た。それもスリランカで。食事の時間になり、わ
くわくしながら、尻尾を振りつつ待っていると?なんと、
エサまでカレーだった。汁抜きのカレー。。。犬の私は
それを見て「勘弁してよ」とため息をついている。確か
に、この家で飼っている犬のエサは、カレーである。し
かし、そんな夢まで見てしまう私。相当重症ではない
か?今は、私はカレーとご飯が皿によそわれている
のを見ただけで、もうお腹がいっぱいになってしまう。


24/08/2001


切ない気持ち
初めて日本に帰りたくなった。
というのも、親友夫婦が1週間こちらに遊びに来てお
り、空港での別れがあまりにも寂しかったのだ。日本
に帰りたいというよりは、彼女たちと離れたくなかった
のだ。気の許せる友達というのは、本当に必要だ。特
に海外では、無意識のうちにいろんな予防線を張って
いるからなおさらだ。空港で彼女たちを見送った。そこ
までは明るく振舞ってはいたものの、彼女たちの姿が
見えなくなった瞬間、切なくて涙が出てきた。


16/08/2001 


サイズ
スリランカは熱帯の国。なんでもサイズがでかい!オ
クラだって、キュウリくらい大きいし、キュウリだってへ
ちまみたいに大きい。食べ物だけの話ならめでたいの
だが、虫だってでかいから嫌になる。
このあいだ、夜寝苦しくて目が覚めた。パチっと電気
をつけると、見たこともないでかい虫が壁にそっと止ま
っていた。一気に目が覚めてしまったが、戦う気がせ
ず、また眠りについた私は自分でもそうとう図太いと思
う。朝一応探してみたのだが、いなかった。あれはいっ
たい何の虫だったんだろう…。ゴキブリだってもう平気。
嫌いだけど闘える。「コックローチ!」と言ったときには、
すでにスリッパを片方脱ぎ、闘う準備に突入している。
前はこんなんじゃなかったのだが。


15/08/2001 


セルバムは浮浪者か?
女だけで夜を過ごすのは危険なため、今は男性の使
用人(セルバム氏)が夜の7時くらいにやってくる。彼
がどこで夜を明かしているのかが気になって聞いて
みた。すると、「この玄関のドアの向こうでちゃんと寝
てるから大丈夫よ」というママの答え。しかし、どこに
そんなスペースがあるのか不思議に思っていた。
昨日、私は初めて彼の寝床を見た。なんと、玄関のポ
ーチのところに毛布1枚で寝ていたのである。これでは
まるで、彼は浮浪者である。しかし、ママはそんなこと
はまるで関係ないようだ。しょせん使用人なのだろう。
そのへんはスリランカ人はかなりドライだ。日本人の私
には、やはり未だにその感覚がなじめないでいる。


14/08/2001 


どちらが豊かか?
ご存知の通り、スリランカ人はあまり熱心に仕事をし
ない。まあ、日本と比べてしまうとどこもそう思えるの
かもしれないが…。私も日本で働いていたときは、帰
りはいつもとっても遅かった。電車もなく、タクシーを
利用することも頻繁にあった。もちろん、夕方という
時間帯は仕事に追われて、存在しなかった。
しかし、ここは違う。仕事は早めに切り上げて、ゆっ
たりと夕方の時間を過ごす人が多い。夕方になると、
インド洋に沈んでいく太陽を見ながら、海岸でゆっ
たりと過ごす。ちびっこが凧をあげていたり、クリケ
ットをしたり…。なかには、服を着たまま海に入って
はしゃいでいる人もいる(ちなみに、スリランカ人は
泳げない人がとても多い。プールが少ないからだ。
いきなり、波の高い海で、泳ぐ練習はちょっと辛いで
あろう)。ここだけ見ると、とても戦争をしている国だ
とは思えない。
日本とスリランカ。果たしてどちらが豊かな国なのか?


13/08/2001 


エンジンスタートのテクニック
キャンディの山奥の茶園に行ったとき、プラッキング
フィールドまでトラックに乗せてもらった。日本製では
あるが、かなりおんぼろである。くだりの坂道で私をピ
ックアップしてくれたのだが、それには訳があった。
あまりにおんぼろすぎて、エンジンがなかなかかから
ないのである。つまり、坂道を転がりながら、その途中
でエンジンをブルブルとかけだすのだ。かなり熟練した
テクニックが必要なようだ。そのトラックをよく観察して
みると、平坦なところではエンジンを切らない。かけた
ままだ。下りの坂をめいっぱい使っても、エンジンスタ
ートに失敗したときは、人がぞろぞろと集まってくる。「
またかよ〜」なんて言いながら。そして、みんなでその
トラックを「えい!」と押すのだ…。
「みつ。おまえの国の車だろ?性能良くないぞ」と言わ
れても…。耐用年数という言葉を教えてあげたい。


10/08/2001 


たまにはまじめに…
「だいたい毎日何してるの?」という素朴な質問が
最近多くなってきたので、お答えします。今までは
紅茶の5大産地のうち、3つを制覇しました。後2つ
を残してはいるのですが、それを後回しにして、先
にコロンボに出てきたわけです。茶園のない、この
地域では、もちろん茶摘みは出来ません。しかし逆
に、ここではティーブローカーやティバイヤー、紅茶
のメーカーなどが集中しています。ここコロンボでは、
毎週水曜日に世界一の規模の紅茶のオークション
が行われているのです。スリランカ中から紅茶が集
まってくるわけです。ここで一気に味比べができると
言うわけです。なので、私は毎日ブローカーの会社
にお邪魔して、テイスティングをさせてもらったりして
います。また、政府の紅茶局に行って取材をしたり、
紅茶局の中にあるプロモーション部門の人と話をし
たり、図書館で調べ物をしたりしています。来週はい
よいよバイヤーの会社を訪問の約束を取り付けまし
た。どうしてアポをとっていくかというと、すべて人の
紹介です。多少あつかましくても、「どうしてもこの情
報が欲しいから、誰か紹介していただけませんか?
」とダイレクトにいろんな人に頼むのです。話さえ弾
めば、けっこううまくことは運びます。今日は「JHON
KEELLS」というスリランカでいちばん大きなブロ
ーカーの会社に行ってきたのですが、私と話をして
いた人が、いきなりその会社の研修中の新人二人
を呼び出しました。そして、「研修にはぴったりだ」と
言い、私の取材は新人研修に早変わり?!ディスカ
ッションをしてきました。来週も私のために、プランを
立ててくれるそうです。いやはやありがたい!
…と、まあこんな具合で、なんやかんやとばたばた動
き回っています。


09/08/2001 


名前の覚え方
私の名前は「美津代」であるが、スリランカ人には
短く「Mitsu」と呼んでもらっている。しかし、スリラ
ンカ人には「つ」の発音が出来ない。彼らにとって
はとても難しいようだ。しかし、それにもかかわら
ず、私の名前はとても覚えやすいと評判だ。
なぜなら、「三菱」の車や「三井」セメントで「Mitsu」
自体はおなじみだからだ。なので、私も自己紹介す
るときには、この暗記方法を伝授する。しかしこのあ
いだ、「Toyo」と呼ばれた。まさか私のこととは思わ
なかったのだが、「トヨタ」自動車と勘違いして覚えた
らしい。惜しい!


08/08/2001 


病院の予約
スリランカに来て、もうはや半年を迎えようとしてい
る。幸いにも、大きな病気もなく健康に過ごしている
のだが、そろそろ一度健康診断を受けようと思う。こ
ちらは、急患以外は予約制。ホームステイ先のママ
の行きつけの女医がいるオススメの病院を紹介して
もらった。電話で翌日の予約をとってもらおうとした
のだが、午前8時から10時まで、ずっと電話は話中。
やっとつながったと思った頃には翌日の予約はす
でにいっぱいになっていた。同じ状況が2日続き、
結局、予約を取るためだけに朝の7時にその病院
に行った。そしてなんとか、予約が取れた。それに
してもここは病院。コンサートのチケット販売なみ
に、電話がつながらない。診察を受けるだけでこ
んなに大変なものなのか?私はまだ、ぴんぴんし
ているからいい。本当の病人は、どうするのか?
問診を受ける前に治ってしまうではないか?


07/08/2001 


怪しい現場
きのう、ホームステイ先のパパが日本へ向けて出
発した。今回はビジネスで3週間ほど家を留守にす
るらしい。そうなると、この家にはママと17歳の娘と
私の3人が残ることになる。しかし、今男性の声がし
た。それも居間で。パパが急遽帰ってきたのか?い
やそんなはずはない。怪しいぞ。恐る恐るのぞいて
みると、ママとその男性が談笑しているではないか。
やばいところを見てしまったかも?と思いつつも気
になるので、その部屋へ行ってみた。すると、その
男性はいわゆる使用人だったことが分かった。つ
まり、女ばかりが3週間も過ごすには危なすぎる
と言うことで、そのあいだだけ、掃除も含めてその
男性がこの家に寝泊まりするらしいのだ。もう、そ
のような関係を15年も続けていると言う。
それほど、リッチな家なのか?それほど危ないと
いうことか?


06/08/2001 


雨傘
いやはや…、暑い!コロンボは暑い!今までが快
適すぎたのだ。30度はこえないくらいの気温だった
し、吹き抜ける風だってぴゅ〜っと心地よかった。猛
暑の東京の話は聞いていたが、スリランカの方が涼
しいよ♪なんてメールをよく書いていたものだ。
しかし、コロンボは暑い!東京くらい暑いのではない
だろうか?35度はこしていると思う。またもや、夏ば
て気味。九州より少し大きいくらいのこんな小さな国
で、かたやセーターと毛布が欠かせない場所、かた
や熱帯夜で扇風機がないと眠れない場所…、これほ
ど温度差があっては、体もびっくりしてしまう。ちょっ
と外を歩いただけで、ふらふらである〜。そんな私は、
スリランカ人と同じように、雨傘を日傘代わりにして
差して歩いている。
そんな外人、なかなかいない。


04/08/2001 


ペラヘラ祭り
世界的に有名なお祭り、ペラヘラ祭りに行って来た。
これは、仏陀の歯をのせた象が市内を練り歩き、そ
の周りではキャンディアンダンスが繰り広げられる
というもの。これを見るために、3日の朝7時に家出
た。この日はポーヤデイだったのでバスはコロンボ
まで順調に走った。コロンボからキャンディに向か
うインターシティバス乗り場に着いて驚いた。すで
にすごい混みようだ。結局、バスに乗るまで2時間
半、炎天下の中順番を待った。キャンディについた
のは午後1時。昼間にパレードがあると勘違いして
いた私は、その日は夜にしかパレードがないと聞き、
がっくり…。日帰りのつもりだったので、水浴びをし
てパレードの準備をする象の写真だけとって、帰ろ
うとしたその時。スリランカ人の友達が偶然声をか
けてきた。結局その日は彼女の家に泊めてもらうこ
とに。夜の12時にバスで行き、就寝。次の日は、しっ
かりと朝食をご馳走になり、帰りのバスの中で飲むレ
モンジュースまで作って持たせてくれた。もつべきも
のは、友である!


02/08/2001 


新しい下宿先
きのう、マウントラビニヤに引っ越してきた。新しい下
宿先は、6畳ほどの大きさの部屋のほかに専用のバ
スとトイレがついている。さらに、部屋に冷蔵庫、専用
の電話まで用意してくれている。はっきりいって、その
辺のホテルより立派だ。夕食を毎日つけてもらい、1ヶ
月過ごしても、高級ホテルの1泊代よりも安い。おまけ
に大家さんはこのうえなく親切。日本人とビジネスをし
ているため、とても理解がある、今までもこの部屋は日
本人が4人に貸したそうだ。逆に、日本人以外は断ると
言う。
「その人がいい人かもしれないけど、日本人がいちばん
安心」
なのだそうだ。
うれしいことは、キッチンを自由に使ってもいいということ。
だから、今まで3食つけてもらっていたところを夕食だけ
にしたのだ。今日はさっそく、スパゲッティを作った。カレ
ー以外は何でも新鮮に感じてしまう。楽しい〜♪


01/08/2001 


くせ
今も相変わらず、毎日に停電である。夜の1時間半は、
まるで何もすることがない。ろうそくのあかりで、本を
読むにしても、暗くて読む気がなくなる。ロウソクを片
手に、うろちょろうろちょろ…。トイレにももちろん持っ
ていく。みんなロウソクの火が消えないように、そろそ
ろりと歩いているにもかかわらず、なぜかパチっと電気
のスイッチを入れてしまう。笑える。くせは怖い。電気が
つかないからロウソクを持っているのだ。


31/07/2001 


バナナの葉っぱ
結局、タラワケリでの下宿先を1軒だけ見つけた!しか
し、私の唯一の条件である電話がなかったため、断ら
ざるを得なかった。電話がなければ、メールが使えな
い。仕事も出来ないので、仕方がない。よってもって予
定を変え、コロンボ付近に住むことにした。明日、いよ
いよコロンボに向けて出発するわけだが、すっ飛ばす
バスで6時間かかる。私の運転ではもうちょっとかかる
だろう。午前10時に出発する予定なのだが、下宿先の
人が私のためにランチパーセルを持たせてくれるという。
前にもその包み方は話したが、ビニールの上にごはん
をのせ、そのうえに汁の少ないカレーをかける。そして
四隅を上できゅっと縛り、新聞紙にくるむのだ。
なんとも、ありがたいお話で感謝しているのだが、夕ご
飯のとき、そのパーセルの包み方でもめた。ここのパパは、
「せっかくだから、バナナの葉っぱに包みなさい」と言うし、
「いいのよ。いつもどおりで」とママが対抗。険悪な雰囲気に。
あのぉ、どっちでもいいんですけど。


30/07/2001 


散髪
スリランカ人は、おしゃれ好き。現地の友達ランジット(
男性)さんのポケットにはいつもくしが入っている。時折、
さっとそのくしを取り出して、髪を整える。当然、男性は
まめに散髪屋に行く。一方、女性は髪が長いことが美
しさの条件にもなっているので、髪は切らない。今のホ
ームステイ先のママも、もう10年は切っていないそうだ。
これほど長い間散髪しないと、もう髪も伸びなくなるの
か自慢の黒髪は腰までは届いていない。
当然、私も散髪屋には興味がある。しかし、どんな風に
されてしまうか分からず、いまだに行けない。前髪を自
分でちょこちょこと切っているだけだ。先週、髪を切って
いるところの写真だけは撮らせてもらった。そこでは気
がつかなかったのだが、面白い話を聞いた。
こちらのサロンでは、勝手に人が入ってきて、勝手にく
しを使い、勝手に鏡を見て髪を整え、何事もなかったか
のように出て行く人が多いらしい。もちろん無料。「サン
キュ」も何もない。すべては無言なのだそうだ。不思議
な国だ。


29/07/2001 


下宿先の探し方
私はここのところ1カ月おきに、スリランカ中を転々とし
ている。なにもホームステイ先の家とトラブルがあるわ
けではない。紅茶の産地を巡っているわけだ。先日来
た日本からのツアー客は、そんな私に
「どうやってホームステイ先を見つけるの?」
と聞く。スリランカには、不動産の会社がないのだから。
日曜日付けの新聞では、家をはじめ車など「売ります
/貸します」という情報が載っているが、下宿先の話で
はない。大きな一軒家の話だ。では、どうして見つける
か?というと…、くちこみである。自分はこの辺に住み
たいですよ、といろんな人にアピールをしておくのであ
る。その時同時に、条件も含めて伝えておく。
「タラワケリに住みたい。電話があるところで、3食付で
3500ルピーで住めるところない?」
という具合だ。今まで、なんとか希望の引越し日までに
決まっていたのだが、来月が難航している。そのタラワ
ケリだ。私も一度いっているので知っているのだが、何
しろ茶園しかないようなところだ。一般人は住んでいる
のか?と聞いてみたくなるくらい。一応タウンもあるの
だが、10軒程度小売店があるくらい。今日は29日。
いまだ見つからず。。。やばい。


28/07/2001 


お決まりのアルバム
スリランカ人は写真が大好き!もともと撮ってもらうチ
ャンスが少ないから、私がカメラを持っていると、みん
な「俺を撮ってくれ!」とポーズをとる。だいたい、どの
家にもいわゆる応接間にはアルバムを置いている所
が多い。そして初めての客には自分たちの写真を見
せるわけだ。はっきり言って、私は全然興味がない。
しかし、無理やり見せられる。このあいだは、茶園の
オーナーの家に行った。おきまりのアルバムが出て
きて「またか…」と思った。すると3年前に亡くなったと
いう彼の父のお葬式の写真が出てきた。その家はす
ごく裕福なので、葬式の時には家の中にココナツの葉
だけで作った亡父の別室を作ったらしい。「どう?どう
?」と言われても、お葬式の写真だから「すてきです
ね」とも言えず、言葉に詰まる。何と言って欲しいのだ
ろう?


27/07/2001 


現地人の好み
昨日の早朝5時半に、ウバ地方でいちばん有名な茶園
アイスレビーの工場に行った。そこを見学した後、今年
いちばんの紅茶のサンプルをもらった。工場で淹れて
もらった紅茶は透き通るようなオレンジ色。メンソール
の香りとピリッとくる刺激。ほんの少しだけ砂糖が入っ
た紅茶は、濃すぎず薄すぎず、大満足の一杯であった。
そのサンプルを500gももらったので、ホームステイ先
に半分分けた。さっそく今日の起きぬけのベッドティでそ
の茶葉を使ったらしいのだが(早朝5時、当然私は夢の
中)、彼らに言わせると「まずくて飲めない」。そっくりそ
のまま茶葉を返された。こちらのローカルには出回らな
いこのクオリティシーズンのアイスレビーの紅茶は、現
地の人は大嫌い。主に日本とドイツに輸出される。


26/07/2001 


サルとの闘い
ここでは野性のサルが珍しくはない。今日はホームステ
イ先のちびっこ・トゥシャーラの生みの母親の家に行っ
た。すぐ裏はジャングル!そこを彼と一緒に探検した。す
ると雨が降り出した。「ウェッサ ワヒナワダ?」(雨が降っ
てきた?)と聞くと「モンキー!」と言うので、シンハラ語を
間違えたかと思った。上を見ると、サルが枝から枝へジャ
ンプしていた。その勢いで、朝露が落ちてきたのだ。にっく
きサルめ!こっちを向いて、笑っているように見える。サル
が襲ってくることがあるか聞くと、「時々」と言う返事。そのと
きどうするの?というと、「闘う!石投げて」…。トゥシャーラ
だって負けてはいない。こちらだって野生児である!


25/07/2001 


疑われる可能性
ここのところ、インターネットが使えなかった。いつもどお
り、サインオンをすると、「パスワードが無効です」という
表示が出る。無効も何も、パスワード自体をずっと保存
してあるのだから、今更無効はないだろう。しかし、その
メッセージが出る限り、全く接続できなかった。接続が出
来ないのだから、メールでプロバイダーに質問も出来な
い。
思い切って、こちらに来てから初めての国際電話を日本
にかけてみた。そのわけがやっと分かった。
私が生きている証拠として、こちらから日本の友達に一
気に200名ほどに同時にメールを送ろうとしたのが、い
けなかったようだ。それも、今回は写真付である。チェー
ンメールか不幸の手紙またはハッカーの可能性があると
判断されてしまい、私のサインオンを却下しつづけたよう
だ。もう、スリランカでもどこでも疑われることに慣れてき
た?!


24/07/2001 


タイガーのアタック
早朝5時30分。家の電話が鳴った。その音で目が覚める。
こんな朝っぱらから誰?非常識!と思いながら、二度寝
しようと思った。するとホームステイ先のパパが「みつ!
タイガーが空港をアタックしたぞ」と大声で叫んだ。私は
まだ半分夢の中。なになに?もう一回言って?と言いな
がら電気をつけようとしたが、停電中。真っ暗のなか手探
りで1階に下りると、今の電話は空港の近くに住んでいる
親戚からだったようだ。彼らが言うには、今LTTEが空港
と隣接している空軍基地を襲撃したらしいのだ。もちろん
現地は外出禁止令。民間機も含め11機に火がつけれた。
幸いにも、民間人の死者は出なかったが、自爆を含めた12
人のLTTEと5人の空軍関係者が死んだ。今日はもちろん、
空港は閉鎖である。あれほど、チェックポイントという検問
所がありながら、LTTEはバス一台で乗り込んで来たと言
う。チェックポイントをくぐり抜けてきたのだ。
私が住んでいるところは、全く平和なのであるが、やはりこ
こは戦争中の国。そのことをまざまざと思い知らされた。


23/07/2001 


「ウソついた」はずが…。
私はよくタウンでケンカをする。今までの下宿先はとても
親切な人たちですごく恵まれているのだが、もちろんそう
人ばかりではない。タウンには何とかうまくだまして、ぼろ
うとしている人がうようよいると言っても過言ではない。平
気でウソをつくのだ。または手のひらを返して、1分後には
全く違うことを言う!そんなときには、「あんた嫌い。ウソつ
いた」とこれまたシンハラ語で文句を言う。そのとき、なん
だかバカにされに笑われるのがくやしくてたまらなかった。
その訳がやっと分かった。実は私、「ウソついた」とシンハ
ラ語でまくし立てていたつもりが、「ウソ食べた」と言ってい
たのである…。これじゃ確かに笑いたくなるだろう。しかし、
こちらに来てから5ヶ月間も「ウソ食べた」と言いつづけた
私は、かなりアホだ。この言葉を使うときは、すごい剣幕で
怒っているから誰も注意できなかったんだろう。ひとりくら
い、教えてくれてもよかったのに。


22/07/2001 


蚊との関係
どうも、私は蚊に付きまとわれている気がする。ここバン
ダラウェラは、こちらでも暮らしやすい気候でとても人気
がある。日中でも30度は超えないくらいである。かといっ
て、ヌワラエリヤほど夜は冷え込まない。確かに最高の
気候である。
しかし、蚊が多い!この町でいちばんまともなホテルで
も蚊帳がある。それも、なぜだかかわいらしいピンク色。
最初見たときは「お姫様みたい」と思うらしいのだが、何
のことはない。蚊が多いと言うことである。昆虫や生き物、
なんでもこちらはサイズが大きいのだが、蚊もやはりで
かい!どうかすると、「ぶおん」と肌に着地するのが分
かるくらいだ。じゃあ、気づけよ!と思うかもしれないが、
蚊の事ばかりいつも考えているわけではないから難しい。
どう客観的に見ても、ここのホームステイ先では私ば
かり蚊に刺される。同じ場所にいたとしても、蚊は私だ
けを狙う。体臭が違うのか?血がおいしいのか?いっ
たい何なのか…?それとも、スリランカ人は蚊に対し
てものすごい免疫をもっているのか? どうでもいい
が、かゆくてたまらない!


20/07/2001 


不審者
先日、コロンボに行った。こちらに住んでいる日本人の間
ではコロンボに行くことを「上コロ(じょうころ)」と言うらし
い。上京とおなじようなものだ。友達と待ち合わせるとき
は、よくホテルのロビーを使う。私たちは外人だから、ホ
テルには自由に入れるし、冷房も効いている。快適なの
だ。コロンボならホテルも綺麗だし、田舎みたいに外人が
目立たない。だからあれこれと質問されることもなく、楽チ
ンなのだ。
しかし、このあいだ、何と私は不審者に間違われた!ロビ
ーをうろうろしていると、ホテルのスタッフが歩みより、「こ
こで何をしてるのですか?」とかいろいろ聞いてくる。それ
も私にだけ。あまりにも気分が悪いので、途中で無視をし
た。すると、今度はホテルのえらい人?が出てきて、あれ
これと質問をする。私のどこが怪しいのか?私がLTTEだ
とでも思っているのか?あまりにも頭に来て「プラシナヤク
ティエナワダ?」(問題あるの?)とシンハラ語で聞いてや
った!!!
あとで、友達にその話をしたら、「確かに怪しそうに見える」
と言われた。トホホ。その時の私の格好は、頭には赤いバ
ンダナ。一見サングラスに見えるようなメガネ。赤いTシャ
ツ。ジーンズに黒のリュック。どうもバンダナが目立つらし
い…。さらに、シンハラ語を使ったところが怪しさに拍車を
かけてしまったようだ。外国人らしくするか、ローカル化す
るか、どっちかにしないと不審者になってしまうようだ。


19/07/2001 


停電とクリケットの関係
今月、スリランカはどの地域も毎晩停電する。水力発電に
頼っているこの国では、雨不足は深刻な問題。地域によっ
て、また週によって時間帯こそずれるが、必ず夜は停電す
る。停電が始まってからきっちり1時間半、ロウソクだけの
生活になる。よその地域の人と会うと「今何時から何時?」
と停電タイムを聞くことが挨拶代わりになっているほどだ。
そんななか、きのうスリランカでは最も大切な?クリケット
マッチが行われた。スリランカVSニュージーランドの国際
マッチだ。「この試合は大切だから、きっと今日は停電しな
いよ。もし停電したら、みんな怒っちゃうよ。試合がテレビ
で見られないんだもん」と言う話をきいたのだが、まさか本
当だとは思わなかった。確かに昨日は停電しなかったので
ある!こんなもんなの?ホントに水が足りないのか怪しい
ぞ…。


18/07/2001 


パナドール
ちょっと、風邪気味。ただの風邪なら、寝てれば治る。しか
し、ここはスリランカ。いろんな病気が考えられる。にっくき
蚊が媒介して、厄介な病気も運んでくる。どうしてもここに
いると蚊には刺されてしまうので、それが心配。薬は日本
からたくさん持ってきた。しかし、例えばバファリン。病状が
はっきりしないうちから飲むと、危険である。デング熱の場
合は、病状をさらに悪化させる危険性があるそうだ。
ちなみに、こちらの人はなんでもかんでも「パナドール」。
錠剤である。ちょっとかぜひくと「パナドール、飲んだ?」と
くる。確かにこれを飲むと病状は治まる。2錠で6ルピー。
これは、いったいなんで出来ているのか???


17/07/2001 


絶対権力
こちらの子どもは、ホントに良く働く。今のホームステイ先
は3人の男の子がいる。17歳・14歳・13歳だ。このくらい
の年頃では、日本では当たり前のように反抗期があるの
だが、ここの家の子どもはそれが全くない。父親が学校の
先生で教育者でもあるからか?家の中でも父親はきびしく、
恐ろしいくらいだ。時折、こちらまで怒られている気がして、
しゅんとしてしまう…。
朝は5時に起き、みんなでお勉強(もちろん私は夢の中)。
それから、家の周りをほうきではいたり、家の中もみんなで
掃除。朝食をとり、7時半に学校へ。2時ごろ帰ってきてラン
チを食べた後、塾へ行く。夕方帰ってきて、また勉強。勉強
の合間にはお手伝い…。とまあ、こういう具合だ。電話が鳴
ると、走ってとりにいく。父親が「早く出ろ!」と言っているか
らだ。テレビだって、子どもは親の許可がないと見られない。
まるで軍隊、いや修行僧?のように見える…。私は、「子ど
もの教育のため」にシンハラ語を話すことを禁じられている。
全部英語だ。こっちだって、「私の勉強のため」にシンハラ
語を話したいのだが。この家では、父親は絶対権力だ。
…とはいえ、私には優しい。


14/07/2001 


ツアー
日本からツアー客が来た。紅茶好きのための紅茶のツア
ーだ。茶園に行き、工場を見て、茶摘みをする。もちろん、
紅茶は一日中飲んでいる。私も彼らと5日間、スリランカ中
を一緒に移動した。22歳から71歳まで総勢23名。日本で
紅茶専門店で働いている人、実際に店を開いている人、紅
茶がちょっと好きだけどとりあえず来てみたという人、紅茶
好きのお坊さん?…。はっきり言って、とても個性的な人が
多いが楽しい旅だった。こんなにたくさんの日本人を一度に
見たのは初めてなので、つい興奮。はしゃぎすぎに、しゃべ
りすぎ。今日は声がかれてしまった。


06/07/2001 


七夕のささ
明日は七夕である。こちらには七夕はないが、今のホーム
ステイ先には子どもが3人もいるので、日本の文化を紹介
した。折り紙ならもってきているので、それを短冊にした。も
ちろんこよりもないが、紙で代用。ささもない。裏のジャング
ルから枝を切って、持ってきた。
家族全員に、願いを一つだけ書いてもらい、それを枝に巻き
つける。雰囲気はぜんぜん違うが、少しは七夕っぽくはなっ
てきた。しかし、そこで気が付いた。ジャングルの中から適当
に取ってきた枝は、すでにしんなりとしはじめ元気がなくなっ
てきたのである。七夕のときに、ささを使う理由が分かった。
あれは、少々水がなくても平気なのだから。
なんともかっこ悪いが、花瓶に挿した。生け花のようになって
しまったが、まあ仕方がない。


05/07/2001 


誰が見てるか…
スリランカの紅茶メーカーの「ムレスナ」が、バンダラウェラ
にとても立派なティールームを建てた。今日初めて中を覗い
てみた。そこのお姉さんと仲よくなりちょっと話し込んだ。最後
の最後に、
「朝、この道を通ったでしょ。私あなたを見たわよ」
と言われた。その人に会ったのだって、それが初めてである。
その道は確かに通った。しかし、車だった。それもうろうろした
わけではない。たったの1回通っただけである…。
お〜怖。小さい村では下手なことは出来ない。


03/07/2001 


使えないと意味がない
キャンディにいるときに、バンクオブセイロンという銀行のカ
ードを作った。今までは小切手を使っていたのだが、その場
所でしか使えないため、不便だった。このカードさえあれば、
どこでもお金を自由に引き出せる。
…と、日本風に考えたのが甘かった。今日初めてバンダラウ
ェラのバンクオブセイロンに行った。カードを使おうと思った
矢先、
「今、壊れてるのよ」
「…明日なら大丈夫?」
「もう1ヶ月も使えないから、間違いなく無理だと思うわ」
これでは、預けたお金が引き出せないではないか。ヌワラエ
リヤならきっと大丈夫よ、と軽く言われても、ここからバスで
2時間半、往復で5時間である。冗談はやめて欲しい。いっ
たいどうしてくれるのだ?


02/07/2001 


紅茶の代償
ウバは最高のシーズンを迎えている。7月〜9月の3ヶ月間
はベストシーズンと言われており、独特のメンソールの味と
香りが際立ってくる。後から人工的につけた香りではなく、自
然の香りだからすごい! この季節は、雨が少ない。よって
生産量は落ちるのだが、品質はぐんとアップする。世界中の
紅茶ファンがこの時期のウバの紅茶を待ち望んでいる。
私も今日、工場に行って、最高の紅茶を満喫してきたのだが、
うかれている場合ではなかった。家では、夜停電になるので
ある…。つまり、雨が少ないと言うことは、水力発電にかなり
頼っているスリランカでは大きな問題。雨が降らない限り、毎
日停電タイム?があるそうだ。紅茶にとっては最高なのだが、
生活するには一苦労。ろうそくが手離せない。


01/07/2001


流行り
長距離バスの出発までの待ち時間は、そのバスの中で様々
なパフォーマンスが繰り広げられる。なし売り、柿の種もどき
売り、チューインガム売り、宝くじ売り、マンゴー売り、ギター
弾き語り、貧乏自慢… はっきり言って、どれも売上は芳しく
はなさそうだ。
そんななか、大盛況の商売がある。風船売りだ。彼がバスに
入ってきて、風船を膨らませる。そして、みんなのほうに向か
ってその風船を放つと、「ぷ〜」という音を出しながら飛んでい
くのだ。最後はその「ぷ〜」っという音が一段と高くなり、しぼん
でいく。一つ10ルピー。約14円なのだが、これが飛ぶように売
れる。このあいだは、何と売り切れになってしまった!この国で
は、もともと売っていないものを「売り切れ」という場合は多々あ
るが、本当の「売り切れ」はめったにないこと。今、旬な商売だ。


29/06/2001 


セイロンティの始まり
スリランカで最初に紅茶の木を植えられた場所・ルーラコン
デラエステートに行って来た。1867年に初めてジェームステ
ーラーが茶の木の栽培に成功したのだ。セイロンティはすべ
てここから始まったのだ。ここには、ジェームステーラーSEA
Tがある。SEATといっても、実際はいすではなく、彼がいすの
代わりに座っていた石なのだが…。
ここから眺める景色は息を飲むほど美しい。まるで飛行機の
上からスリランカ全土を見下ろしているかのようだ。遠く遠くま
で見渡せる。空気はすみ、山が重なり合い、吹き抜ける風は心
地よい。まだコーヒー栽培が全盛だったこの当時、彼はこの場
所で何を考え、紅茶栽培に全力を注いだのか…。
私もその石に腰掛け、大きく大きく深呼吸をした。


27/06/2001 

ベストシーズンを求めて
来月からウバ地域(ローカルの人たちはウーワと発音する
)はがベストシーズンに入る。それにあわせ、私もバンダ
ラウェラという産地に引っ越すことにした。7月〜9月かけて
ここウバ地域でとれる紅茶は信じられないくらい、おいしくな
る。特徴は、天然のメンソールの味と香り。コロンボのティー
ブローカーをのぞいてみると、このウバ地域でとれた紅茶の
飲み比べがもうすでに始まっていた。よい値がつくポイントは、
もちろん「ウバらしさ」が出ているかどうかということ。本格的
にシーズンに入ると、このメンソール系の味がとても強くなり、
ウバの紅茶だけでは飲めないほどになるそうだ。もう、待ち
きれない。


24/06/2001 


焼く
こちらの料理に関して言うと、「煮る・蒸す・揚げる・炒める
…」は日本と同じくよく行われる。しかし、「焼く」がないのだ。
つまり、魚はたくさんあるのに、「焼き魚」がないのである。
今まで私が泊まったおうちでは運良くどこもガスコンロがあ
った。スリランカの家電製品はほとんどが日本製なので、ガ
スコンロも当然日本製が多い。そうすると、ガスコンロの真
中に魚を焼くグリルがついている。そこは、誰も使っていな
いようだ。小物いれと勘違いしているのか?そのなかには
おたまとか、スプーンとかが行儀よく並んでいたりする。そ
うじゃないんだってば!


21/06/2001 


ランチパーセル
今日は朝の6時に家を出た。目的地の茶園までは車で1時
間半。私が工場を見たいといったら、わざわざいつもよりも
スケジュールを遅らせ、私の到着を待ってくれるというから
ありがたい。当然朝は食欲もなく、バナナ2本とブリというイ
ンドの食べ物(油揚げとポテトチップスをたして2で割った
ようなもの)を3枚を持って外出した。2軒目の茶園の工場
を見終わったらちょうどランチタイム。みんなはオフィスで
ご飯を食べるというので、私も一緒に食べることにした。彼
女たちのランチは言うまでもなくカレーとご飯。それを、ビ
ニール袋に包み、さらに新聞紙で包むのだ。まるでしゃれ
っ気がないのだが、これがもっともポピュラーなランチパ
ーセルの包み方である。こちらにいると、外見なんてホン
トどうでもいいと感じてしまう。要は中味だ。


19/06/2001 


岩ノリ
実家から荷物が届いた。頼んでいた日本食もどっさりと入っ
ていた。その中に、岩ノリを発見。こちらでは昼食は必ずご
飯と決まっているので、これは助かる。カレーをちょこっとよ
そい、この岩ノリをどっさりまぶせば、まさに日本食っぽいで
はないか!辛いわけでもない、この絶妙な味がたまらなくお
いしい!彼たちはベジタリアンなので、何が入っているか分
からないものに関してはまるで興味を示さない。というわけ
でこの岩ノリも堂々と独り占めできてしまうのだ。
毎食、必ずこの岩ノリを食べていたら…、今日新しくトマトケ
チャップが食卓に並んだ。そして、私が岩ノリをご飯につけ
たその横に、なんとトマトケチャップもつけられた?!黒い
岩ノリの横にちょこんと並んだ真っ赤なトマトケチャップ…。
これは日本人にはぴんと来ない。どうやら彼たちにはこの
岩ノリ、ただのソースに見えていたらしい。薄味だから私が
ソースをつけていると思ったらしく、気を使ってわざわざケ
チャップを買ってきたのだ。気持ちは嬉しい。しかし、味は
想像に任せる。


18/06/2001 


初心
日本から友達が来た。一緒に1週間、スリランカを旅行した。
彼女たちは、見るものすべてが新鮮らしい。そりゃそうだ。ゾ
ウを見ては驚き、インド洋を見ては感動する。その反応自体
が私には新鮮に感じられる。
そうなのだ。私だって、こちらに来たときはそうだったんだ。し
かし、今ではもう慣れてしまっている。牛はそこらじゅうにいる
し、象だって普通に働いているのを見ても、「お疲れさん」と思
うだけだ。馬だって、りすだって、サルだって珍しくない。動物
だけではない。「どうしてこの人は靴はいてないの?」「どうし
てこの人はお金ちょうだいって言うの?」「どうして昼間からこ
んなに多くの男の人が何もしないでうちの前に立ってるの?」
「どうして税がこんなに高いの?」などなど…。久しぶりにそう
いった素朴な疑問を、ドライバーのスリランカ人を交えてじっく
り話した。初心忘るべからずである!


09/06/2001 


スリランカ式
スリランカで銀行口座を開いている。ヌワラエリヤの支店から
キャンディ支店へ口座を移した。それだけで1週間かかる。今
までは小切手を使っていたのだが、その支店のみしか使えな
いため、不便。カードを作ってもらう。それだけで10日かかる
という。ホントにのんびりしている。キャンディ支店のアシスタ
ントマネージャーが次の日、私を茶園連れて行ってくれるとい
う。時間どおりに行ったものの、結局アポが取れなかったらし
く、紅茶を飲んで終わった。日本人だったら、ダメならダメで電
話の一本くらいよこす。しかし、スリランカではそうではない。
とっても効率が悪い。二度手間、三度手間が当たり前なのだ。
一事が万事その調子…。ふ〜っとため息をつくと、「みつ。それ
がスリランカ式だ!」と開き直られた?!トホホ。


