31/01/2002 

     体重計

     今日は体重計をにらめっこだ。1週間後に帰国するため、
     送る荷物、もって帰る荷物の整理を始めた。飛行機には最
     大20kgの持ち込みが可能。しかし、いくら荷物が少なめだ
     とはいえ、それでは全然足りない。本当は送るものイヤだ。
     荷物がなくなる可能性が高い。実際に日本から届かなかっ
     た荷物だってあるし、そういったたぐいの話はこちらでは珍
     しくはない。途中で開けられ、盗られるのだろう。
     地方巡業の旅では、いろんな人に「痩せた」と言われた。い
     い気になって、自分の体重も量ってみた。…変わってない。
     たぶん日焼けしたからやせて見えたのだろう。ちょっとがっ
     かり。

  29/01/2002 

     地方巡業

     ここ1週間ほど、地方巡業に出かけた。後2週間でスリラン
     カ生活も終わりを迎えてしまう。最後のあいさつ回りだ。今
     までお世話になった7軒の下宿先すべてに逢いに行った。
     今までは、「1年間スリランカにいるから、また来るよ」と言
     っていた。そして本当に何度も行っていた。しかし、今回ば
     かりは話は別だ。
     「あと2週間あるなら、もう一回くらい来れるよね」
     「日本に帰ったあと、次はいつ来れるの?」
     「こっちで結婚しろ。そしたらずっと住めるじゃないか。いい
     男を紹介してやる」?
     なじみの雑貨のおじさんも、最後には店で売っているヨー
     グルトをただでくれた。「これ食べなよ」。冷蔵庫に入って
     いるわけでもない。ほこりがうっすらとつもったカップ。そ
     の蓋を外して、ゆっくりといただいた。おじさんが、私に言
     った。
     「日本に行く、って言っちゃダメだ。行って来ますって言っ
     て欲しい。そしたらまた逢えるってことだろ?」
     じーんと胸が熱くなった。

  20/01/2002 

     デジカメ

     スリランカでもデジカメはないことはない。しかし、まだまだ
     珍しい。私がデジカメを持って、映像を見ながら写真を撮っ
     ていると、その後ろから通行人が必ず立ち止まり、私のカメ
     ラを覗き込んでいる。「これはビデオか?」と聞いてくる人が
     多い。だいたい、カメラ自体、持っている人が少ない。つまり、
     写真を撮られることも少ないうえに、写真を撮ったこともない
     人がとても多い。
     こちらにきて、もうすぐ1年。私はスリランカ人の写真はたくさ
     ん撮ったが、自分の写真はとても少ない。たま〜に、友達にな
     った(つまり信用できる、つまりデジカメを持ち逃げしない)ス
     リランカ人に撮ってもらうのだが、ドがつくほど下手だ。
     「私と車が入るように撮ってみて」 
     と私がポーズを決める。まず、彼女たちがすることは自分が
     レンズを覗き込む。
     「逆逆。それじゃあなたが写るよ」
     そして映像を見ながらカメラを構える。そのカメラを上へ下へ
     左へ右へ…、しまいには大きくぐるぐる回し始めた。何やって
     んの?どうもうまく入らないらしい。ピピピという音が聞こえた
     ので、撮ってくれた写真を見てみると…、ほとんどが空。私と
     車は下のほうにおまけ程度にしか写っていない。わざとやっ
     ているのではないところが、かわいい。これも思い出だ。

  19/01/2002 

     グッドラックおばあちゃん

     英語がペラペラ話せる近所に住むおばあちゃんと最近仲が
     よい。私はひそかに彼女に「グッドラックばあちゃん」という
     あだ名をつけている。私が出かけるとき、また帰ってくるとき、
     90%というすごい高い確率で、道端で彼女に会う。そして
     少しだけ立ち話をする。それだけだ。彼女は必ず最後に「グ
     ッドラック」「ゴッド ブレス ユウ」と私に言う。とても素敵な
     おばあちゃんである。しかし、この90%という確率はすごい
     ではないか?私がその道を通るのなんて、一日でもほんの
     5分程度だ。しかし、彼女はその道のどこかにいるのだ。た
     いてい、いつも歩いている。何をしているのだろう?
     今日はめずらしく、いないなぁ、と思っていた。そして、彼女
     の家の前を通り過ぎたら…、彼女が勢いよく家から出てき
     て、結局立ち話をした。彼女は家の中から通りを見ていた
     のだろう。たまに、彼女の姿が見えないと、心配になってし
     まう。

  18/01/2002 

     私のランチ

     「12時15分においで」。
     政府:紅茶局のアソカ氏に言われていた。海外からスリラン
     カに入ってくる紅茶のテイスティングをするのだそうだ。ちょ
     うど、その時間くらいに終わるので、そのあとカップをそのま
     まにしておいてくれると言う。私がテイスティングできるよう
     に。
     時間どおりに行くと、まだ終わっていなかった。時間が空い
     たので待っていると、ちょうどスタッフのランチタイムに入っ
     てしまった。みんなが私に聞いてくる。
     「ランチはどうするの?」
     「なんか外で食べるから、大丈夫だよ」。
     そういうと、どこからともなくプラスチックのお皿が出てきて、
     それにみんなが家から持ち寄ってきたカレーが次々とよそ
     われていく。みんながライスとカレーを私に分けてくれたの
     だ。結局カレーの種類も10種類くらいになった。いつもより
     、ご馳走である♪なんとまあ、優しいのかしら?「嫌いなもの
     はないけど、辛すぎると食べられない」と前に言ったたことが
     あるので、それぞれ辛くないカレーを分けてくれた。おなかい
     っぱい!大満足。
     明日は何が食べたい?と聞かれ、コスアタ(ジャックフルーツ
     の豆)!と遠慮なくいう私も私である。

  17/01/2002 

     サリー

     サリーは4着持っている。2着は自分で買ったもの、あとの2
     着はホームステイ先の人にプレゼントされたものだ。日本に
     帰ってしまえば、ますますサリーを着る機会が少なくなるだ
     ろう。そう思い、じゃんじゃんこちらで着ることにした。インデ
     ィアンスタイルなら自分でも着ることが出来る。今日は30分
     もかけてサリーを自分で着て、Tea Boardに行った。
     「Mitsu.アダ、ラッサナイ!シャー」
     (みつ、今日は綺麗よ。ひえ〜)
     と言ってくれる。みんな「今日」というところを強調するのが
     気になるところだが。確かに、普段はTシャツに長いスカー
     トとかだから…。サリーの丈の長さは自分で調節するのだ
     が、地面につくすれすれくらいがいいのだそうだ。歩きにく
     い。非常に!歩きにくい。

  16/01/2002 

     危険度緩和

     スリランカの危険度がようやく緩和された。危険度とは、日
     本の外務省が発表しているもので、危険度が1〜5まであ
     る。危険度5がいちばん危ない場所「退避勧告」である。危
     険度3は渡航延期勧告、危険度2は海外旅行延期勧告、危
     険度1は注意喚起。今までは、北部州が危険度5.コロンボ
     でさえも危険度2であった。それがどうした、と思わないで欲
     しい。危険度が2以上の国は、日本の旅行会社はツアーを
     組めないのだ。組めないことはないのだろうが、組みにくい
     のだ。つまり、日本人むけのスリランカへのツアーはほとん
     どなかったに等しいのである。
     その危険度が緩和された。北部と東部は危険度3.ここは、
     行かないほうが賢明だろう。しかし、それ以外の地域はすべ
     て危険度1。これなら、ツアーも可能だ。危険度が緩和され
     たから絶対安心と言うことではないが、スリランカにとってこ
     の話題は大きい。全国紙の1面に載ったくらいだ。なんでも1
     999年に関して言うと、一人当たりいちばんスリランカにお金
     を落とした団体客は、日本人だったそうだ。

  15/01/2002 

     カレンダー

     スリランカ人は、カレンダーがとっても好き。日本ほどカレ
     ンダーが出回らず、とても貴重だからだ。コロンボにいる
     日本人からもらった2002年カレンダーを大家にあげたら、
     その喜びようといったらすごかった。親子そろって、
     「It's nice!」
     今日、ムレスナというスリランカの紅茶店に行った。店員
     さんと話が合い、紅茶についてああだこうだと立ち話をし
     ていた。そしたらその店員が、今年のカレンダーをくれた
     のである!それは1957年のスリランカの紅茶風景のイ
     ラスト入りで、布製である。私は、気が狂わんばかりに喜
     んだ。…これでは、スリランカの人と全く一緒である。もう
     人のことは言えない。

  14/01/2002 

     値切られる

     今まで、この国では「買う」ばっかりだったのだが、初めて
     「売る」ほうに回ると結構面白い。また、私の愛車を見に来
     た人がいた。車に詳しいお友達を連れて。そのうさんくさい
     お友達のほうは、私の愛車を20分もかけてチェックをし、ゆ
     っくりとタバコを吸い始めた。
     「で、いくら?」
     「13万5000ルピー」
     「ハン?高いな。この車だと出しても11万5000だ」。
     「それは、ちょっと難しい。他にもあたっているから、無理し
     て売るつもりはない」。
     本当は、のどから手が出るほど売りたいのだが。
     「お嬢さん、気持ちが変わったら、いつでも連絡してきてくれ」。
     ここからが、交渉の始まりか?

  13/01/2002 

     何気にチェック

     先日、今井さんとホースを買いに行った。金魚ちゃんの水
     槽の水替えに必要だからだ。金物屋を回ること数件、よう
     やく3/4インチの直径で、30mの長さのホースを発見し
     た。今井さんのうちは、おしゃれなつくりなので、水道の蛇
     口も普通のタイプとはちょっと違う。直径が大きめじゃない
     と、ホースが入らないのだ。そして、
     「15mだけちょうだい」。
     店員さんが、1mずつ計り始めた。そのあいだも、今井さん
     と私は気楽におしゃべりしっぱなし。
     「これでいいよね」。
     とその店員がホースを切ろうとした瞬間、二人同時に
     「待って!あなた今5mしか計っていない」。
     そう叫んだ。今井さんも私も、ちゃっかりその店員が何m計
     っているかを、お互いカウントしていたのだ。そして、同じ反
     応をしてしまった。これには自分たちのほうが笑ってしまった。
     「日本じゃ、絶対チェックしたりしないよね。だって、15mっ
     て言ったら15mきちんと計ってくれるもん」。
     この国で過ごすと、こういうふうにたくましくなっていく。

  12/01/2002 

     車を売る

     愛車をそろそろ売らなければいけない。本帰国が近いため
     だ。今まで84年産サニーだとばかり思い込んでいたのだが、
     初めてオーナーヒストリーブックを見て驚いた。なんとこの
     車、78年産だったのである。今ごろ気づくところが自分でも
     笑える。
     だいたい、車はどうやって売るのかというと、口コミである。
     とっても原始的でシンプル。知人友人、特にスリランカ人に
     「車を売りたい。15万ルピーで」。
     と言いふらす。だいたい、こんな車は日本人には売れない
     に決まっているのだから。そして、誰かの紹介の誰かが「車
     を見たい」と言ってくる。そして、家のガレージでお披露目を
     するのである。エンジンが一回でかかることを祈りながら。
     車は値段が高い。関税がめいっぱいかかるので、日本車は
     日本よりも高いのだ。私の愛車は、日本では当然廃車であ
     る。スリランカの車検制度はどうなっているのか?このあい
     だ、車検が切れたので申請に行くと、ペーパーですんでしま
     った。それもとても簡単に。おまけに、車は見なかった。一度
     も。こんなんで、いいのだろうか?

  09/01/2002 

     断られた理由

     政府の紅茶局によく行っている。もう顔なじみになった私は、
     あつかましいことは承知の上で、いつでも勝手に出入りして
     いる。いつでも来ていいと言ってくれているのに、今日のテイ
     スティングに関しては、はっきりと
     「NO!」    
     と断られた。なぜかしつこく聞くと、今日は品質の悪い紅茶を
     はじき出すためのテイスティングをするからだそうだ。
     「みつにはクオリティの高い紅茶のテイスティングをしてもら
     いたい」。
     のだそうだ。私が品質が悪い紅茶のことを記事に書くのでは
     ないかと心配しているようだ。しかし、これも紅茶局の大切な
     仕事。政府が認定した、あのライオンのロゴマークは良い品
     質のものだけにつけられる。それに、私だって、品質の悪い
     ものと比較しないと、またその違いが分からないではないか。
     頼み込んで、結局テイスティングさせてもらった♪

  07/01/2002 

     洗濯洗剤

     今井さん宅にいるとき、洗濯をするときは、自動洗濯機を使
     っていいよと言われていた。どうやって使うかを一度説明さ
     れたものの、使わなかった。どうせ一人分だし、たいした量
     でもない。それと、もう手でごしごし洗うことに慣れてしまっ
     ていたからだ。
     「今井さん、手で洗うから必要ないです」。
     「あら、そう?」
     そして、洗剤だけ少し使わせてもらった。私はいつもの量を
     バケツに入れ、水を入れた。普通は、その状態で少なくとも
     30分は置いておかないと洗剤が溶けない。溶けないと言っ
     ても、もちろんパウダーの洗剤である。そのあと、やっと洗
     濯を始められるのだ。そのペースに慣れていた私は、彼女
     の家であぶくだらけになってしまった。今井さんのところに
     あるのは、なんと日本の洗剤!日本の洗剤はとてもよく出
     来ている。だいたい水にすぐ溶ける。これがすごい。30分
     待たなくてもいいのだ。それに、ごく少量でもあわ立ち豊か
     である。これではどこかの洗剤の会社の回し者のようだが、
     久しぶりに感動した。日本の洗剤はすぐれている!

  04/01/2002 

     押す

     またもやバスネタ。マウントラビニヤに帰るため、バスに乗
     っていた。急な割り込みをしてきたパジェロに腹を立てた運
     転手は、ライトを何度もハイビームにしながら、パジェロに
     迫る。その差5cm。そんな気性の激しい運転手を後ろから
     ぼ〜っと見ていた。すると、ギア操作を誤りエンスト。ほら、
     そんな意地悪するからよ。そう思ってみていた。しかし、今
     度はバスのエンジンがかからない。周りに、相当うるさくク
     ラクションを鳴らされているが、かからないものは仕方がな
     い。
     「だめだ。押して押して」。
     運転手は乗客にそう言った。彼の言葉を聞いた男性の乗客
     はおじいちゃんも含め、全員バスを降り、後ろに回った。そし
     て、押して押して押しまくる。幸いそのあとエンジンはかかり、
     バスは少し進んだ。すると、バスを押していた人たちは慌て
     てバスに乗り込む。せめて全員乗ってから出発しようよ。せ
     っかく押してくれたんだから。もちろん、ありがとうも何も言わ
     ない。

  03/01/2002 

     呼び込み

     バスには運転手のほかに車掌がいる。車掌がお金を徴収
     するのだ。バス停に止まれば、大声でそのバスの主要な
     行き先を叫ぶ。それを聞いて、乗客は乗り込んでくる。し
     かし、今日はどうも様子が違う。バス停につくと、そのバス
     停にいたおじいさんが大声で行き先を叫びだしたのだ。車
     掌が言う隙を与えないくらいの勢いだ。そして、そのおじい
     さんの声を聞いて、乗客が乗り込んでくる。他のバスが来
     たら、そのバスに近寄り、そのバスの行き先を叫ぶ。何と
     も親切なおじいさんかと思いきや、こっちのバスに来て車
     掌に、
     「金くれ」
     車掌の代わりに大声出して手伝ってやったんだから、金く
     れ。なんだそうだ。私も見ていたが、誰もそんなことは頼ん
     でいない。しかし、車掌はチップを払うのである。おかしなシ
     ステムだ。これでは、叫んだもの勝ちである。

  01/01/2002 

     正月早々

     そういうわけで、今年の元旦は熱帯魚ちゃんと一緒に年を
     越した。こちらの時間で深夜の0時を回ると、あちこちで
     「パンパンパン」
     と乾いた音がする。実は、私はもうとっくにベッドの中だっ
     たのだが、その音で目が覚めた。このマンションはタウン
     ホールのすぐ脇にある。新年早々何事か起こったのかと
     思ったのだ。半分寝ぼけていたが、これで一気に目が覚
     めた。もし、テロだったら、爆弾の可能性もある。そのとき
     は爆風でガラスが吹っ飛んでしまいそれで怪我をするの
     でカーテンは閉めておかなくてはならない。外の様子をみ
     るのも怖い。しかし、そ〜っと見てみると、爆竹だった。あ
     ちこちで、ロケット花火も打ちあがっている。0時10分ま
     では、あまりの爆竹の多さに地響きがしたくらいだ。大げ
     さではない!本当に地響きだったのだ。そのあと、1時く
     らいまでは爆竹の音で眠れなかった。どうして、こう爆竹
     が好きなのだろう?